静岡県伊豆の国市の韮山反射炉と江川邸, その3 「いちご狩り」 [ 旅行 東海]
先日韮山の反射炉と江川邸を見学してきましたが、見学に行く数日前に友人から「韮山へ行くならいちご狩りをしてきたら」とのアドバイスを頂きました。
地図を見ると、「韮山いちご狩りセンター」は江川邸から700mとの事でいちご狩りにも行く事に。
現地でいちご狩りセンターに向かう途中、気になったのが反射炉横のレストラン「ほむら」で食べた昼食です。 焼き肉が美味しかった事も有り食べ過ぎてお腹満腹状態。 お腹満腹状態で「いちご狩りが出来るか!」と思いながらも、「甘いものは別腹」と考えて行く事に。
「韮山いちご狩りセンター」では1600円/人との事で「満腹状態のお腹を抱えての1600円はちょっと高いなァ~」と思いながらも申し込みました。
(3月に入ると少し安くなるようです。)
するとセンターの係員が傘下のいちご農家に案内してくました。
農家のいちごハウス内は入ると暖かく、青々としたいちごと赤く熟した大きないちごが垂れ下がっていました。
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満腹のお腹を抱えながらも「甘い物(いちご)は別腹」でした。
美味しかった! 美味しかった!!! 別腹も満杯になってしまいました。
(本人出演はたしか2度目)
静岡県伊豆の国市の韮山反射炉と江川邸, その2 江川邸 [ 旅行 東海]
先日伊豆の国市の韮山反射炉を見学した後、約3km北に行った所に「江川邸」があり、ここも見学してきました。
江川邸は反射炉を作った江川英龍・英敏親子の邸宅であり、現在も40代当主とその家族がお住まいになっておられます。
現在の邸宅はNHK大河ドラマ「西郷どん」や「篤姫」の撮影にも使われました。
江川家は現在の当主が40代と言う様に歴史のある旧家で、その概略は下記の様です。
江川家のホームページ http://www.egawatei.com/
ウィキペディアの江川太郎左衛門のページ https://ja.wikipedia.org/wiki/江川太郎左衛門
初代は大和源氏の祖とされる源頼親(みなもとのよりちか,1000年頃)で、初代は大和守となり、大和国(奈良県)に勢力を築き以後「宇野」を姓として8代迄は大和国に居りました。
9代宇野親信(うのちかのぶ)が、従者と共に伊豆のヤマキと呼ばれた現在地に移住。
16代英親(ひでちか)が1261年日蓮に出会って改宗し、以後今日に至る迄熱心な日蓮宗の家となりました。 日蓮が滞在した時に家屋の改築中で「この旧家がなお繁栄する様に」と棟札を送られたとの事。
「江川」姓への改姓も21代英信(ひでのぶ)のあたりらしいのですが、それ以前にも人が江川殿と呼んだ様ですし、なぜ江川という名になったのかも、説が分かれています。
23代英住(ひでずみ)が北条早雲の家来となり(1493年頃)、以後、後北条氏に約100年仕えたました。
しかし、豊臣秀吉の小田原攻めの時に、28代の江川英長(ひでなが)が、徳川家康に仕える事になり、代官に任ぜられ、以後明治に至るまで、代々“お代官さま”となりました。
で、江戸末期の韮山反射炉を作った江川英龍・英敏は36代・37代に当たります。
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江川家の家系図です。 画像をクリックすると拡大します。
また、江川家の邸宅も古く、重要文化財となっています。
現在の家屋の主屋は室町時代(1336~1573)頃に建てられた部分と、江戸時代初期頃(1600年前後)に修築された部分とが含まれています。
江戸時代後期には、有名な江川英龍の父江川英毅により、玄関部分の改築や書院の整備が行われ、旗本家の威容が整えられました。
尚、昭和35年から文化庁・静岡県及び韮山町の協力を得て解体修理され、文化14年(1817)の大修理以前の古い形に復元された。又茅葺きだった主屋の屋根は現在の銅板葺きとなった。
裏側に回って土間への入り口
50坪の土間
土間から見た屋根の木組み
木の交差部分は全てくさびを入れて固定され、非常に大きな屋根を支えています。
主屋の中には多くの展示品があり、下の人2人が描かれた掛け軸は重要文化財です。
主屋の平面図です。
又、主屋の奥には蔵が3棟ありました。
手前の茅葺の蔵は西蔵、奥の2棟は米蔵との事で、今は古い用具等が展示されていました。
尚、西蔵の柱は上に行くに従って建物中央に向かって傾けてあり耐震構造になっています。
静岡県伊豆の国市の韮山反射炉と江川邸, その1 反射炉 [ 旅行 東海]
世界遺産になる前から「もう一度 行きたい! 行きたい!」と思っていた「韮山の反射炉」に先日やっと行く事が出来ました。
前回の見学は、45年以上前の20歳代前半だったと思うが、当時は世界遺産になるほど重要な施設とは全く思わず、ただの物見游山で他の人が「是非見たら」と言っているから見に行った様な感じでした。
韮山の反射炉は幕末のペリー艦隊来航等で海防体制の強化が必要となり、幕府は江川英龍を責任者として反射炉を造り、大砲の製造と品川沖にお台場を作る事を決定した。
反射炉は当初下田に作る事で基礎工事等を行っていたが、1854年3月下田に来航したペリー艦隊の水兵が敷地内に侵入した事で、急きょ韮山に変更し建設する事となり1854年6月に起工した。
江川英龍は反射炉の完成を見る事無く1855年1月亡くなりましたが、工事は英龍の息子の英敏が佐賀藩の協力を得て築造を進め、1857年11月「韮山反射炉連双2基」を完成。
韮山反射炉ガイダンスセンターで入場料500円を支払い、入場(江川邸の見学と合わせ700円)。 ガイダンスセンターでは映画により設置の由来や構造等の説明もありました。
で、反射炉の設置場所に。 黄緑のブルゾンを着た方がボランティアの無料説明員です。
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反射炉の構造は炉の前の部分に燃料を燃やす「焚所」,少し奥に銑鉄等を入れる鋳口があり、煙突の下から溶けた鉄等(湯)を出す出湯口があります。
写真をクリックすると大きく表示されます。
2基は直角に配置されており、大きい物を鋳造する時は2基、4個の炉を同時に稼働し多量の湯(溶けた金属)を出湯出来る様になっている。
で、当時鋳造された大砲のレプリカ(鉄製24ポンドカノン砲)です。
展示の大砲の前には下の様な説明板がありました。 木村鋳造所さん有難う御座います。
韮山反射炉の公園には隣接して土産物屋さんやレストランも併設されています。
レストランでは焼き肉が美味しくおなか一杯に食べる事が出来もした。
(実は、美味しかった事で食べ過ぎ、のちに大きな損失を生むことに!!!)
また、南側の茶畑の上には見晴らし台があり、天気が良いと富士山と反射炉を同時に見る事も出来ます。
心がけが良く快晴になったのですが、何が富士さんの機嫌を損ねたんだろうか???
ジャガー Eタイプ,ブレーキホイールシリンダーのオーバーホール [ Eタイプ シャシー修理]
2004年からジャガー Eタイプのレストアを始め、2011年に車検を取る直前、フロントディスクブレーキ左のホイールシリンダーからブレーキ液漏れが見つかった。
その時の状況は右記のブログ http://hisashi1946.blog.so-net.ne.jp/2011-08-26
今回クラッチのシリンダーを修理したついでに、長く部品保管箱に眠っていた上記液漏れしたホイールシリンダーもオーバーホールしておこうと思い立った。
液漏れしたホイールシリンダーは車から外した時にはダストカバー内にたまったブレーキ液が ”ドボドボ” と流れ出し、小さなゴム片も出てきました。
で、今回、不要となったブレーキパイプをホイールシリンダーに取付け、自転車の空気入れを使ってホイールシリンダーに空気を入れピストンを押し出し分解。
6年半近く前に推定した通り、シリンダーにピストンを無理やり挿入した為にピストンシールがちぎれてしまった様です。
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ピストンを分解汚れを清掃した結果、ピストン自体には傷がなく継続使用可でした。
シリンダー側も傷がなく全く問題ありませんでした。
と言う事で、6年半前に走りもしない内に壊れてしまったシリンダーはブレーキメーカーの組み立て不良でした。 又、壊れた時点で国内のジャガーの部品を扱っているお店からシールキットを購入してあったので、それを使ってオーバーホールする事に。
購入したシールキット
ダストカバーは全く形状が違っており、しかも年式や部品形状の違いに対応する為か2種類入っていました。 又、ピストンシールの厚みはちぎれた従来品は3.4mm,購入したシールは2.9mmと大きく違っていました。 尚、シールの内径・外形は新旧共に同じでした。
従って、ピストンには新しいシールを組付け、ダストカバーは従来品を使う事にしました。
(ピストンの組み立て後の写真撮り忘れました。一番大事なのにね!)
で、万力とクランプを使って組み付けました。
写真では見えませんが、シールはシーリンダにこすれちぎれない様慎重に組み付けました。
尚、和光のラバーグリースをピストンとシリンダー内面には丁寧に塗りました。
(ごてごて一杯塗ると2番目の写真の白い塊の様にシリンダー内で固まってしまいます。)
又、当面の防錆の為、シリンダー外面にはクリアー塗装を塗りました。
で、完成したディスクブレーキのホイールシリンダーです。
ピストンシールの厚みの違いは多分問題ないと思うが、どういう結果になるだろうか?
ただ、このシリンダーは在庫品として保管するので、私が元気な内に使う事は無いだろう。
腰痛(脊柱管 狭窄症)の痛みがとれる迄 その2 [日記]
昨年3月頃より左足の痺れや痛み,腰の痛みが発生し、藤沢湘南台病院で検査をした所、背骨下部(腰のあたり)の神経が骨に圧迫されており「脊柱管 狭窄症」と診断された。
治療は最もリスクの少ない病院での診察とリハビリを選択。 5ヶ月間続けた結果かなり良くなったものの完治には程遠く、健康保険を使ったリハビリは「医療制度上5ヶ月で打ち切り」となった。
(2011年に発症した椎間板ヘルニアはここの病院のリハビリ4ヶ月で痛みがとれ回復した。)
今回の発症原因等は下記前回のブログを参照願います。
http://hisashi1946.blog.so-net.ne.jp/2018-02-02
藤沢湘南台病院のホームページ http://www.fj-shonandai.jp/
で、病院でのリハビリの後は、藤沢湘南台病院に併設された「LiFE,MEDICAL FITNESS」と言う部門でリハビリをする事にしました。
この「LiFE,MEDICAL FITNESS」は「ドクターの診察に基づいてトレーナーの指導による運動をする」部門で、一人ひとりの病状や体調に合わせた運動メニューを作り、トレーナーの指導により運動をする施設との事。
また、この施設には色々なコースがあり、お客(患者?)はまず所定の健康診断(血液や心電図検査等も行う本格的な検診)を受けドクターの問診を受けながらフィットネスのコースや運動上の注意点等を決めて行きます。
「LiFE,MEDICAL FITNESS」のホームページ http://www.life-mf.com/
「LiFE,MEDICAL FITNESS」の内部設備は一般のスポーツジムの様に立派ですが、道路からそれをうかがわせる雰囲気は全くない。
私は「痛め止め」を飲んで足を引きずりながら歩く状況でしたので、病院のリハビリに近いと思われる「スマイルライフ8(8回/月)」を選択。 このコースは「健やかにのんびり生活習慣や腰痛・膝痛等の改善を行う」との事で、毎回5~10人参加しています。
「スマイルライフ8(スマイルライフ4も同じ)」で実施する内容は、
①.各自が血圧等の測定を行い、その後トレーナーがひとり一人のその日の体調等を問診。
問診の時に、その日の運動全般や③の運動の注意点,追加項目等を相談する。
②.床運動を中心としたストレッチを 20~30分間行なう。
ストレッチの内容は下の絵の丸数字の順に行いますが、数字の他に足首の運動や
腰・体側のストレッチ等が追加されます。
③.各自の症状,体調に合わせた筋肉を鍛える運動を20~30分を行ないます。
運動をしている時にはトレーナーが巡回し、運動の状況や注意点等を確認します。
私の場合は腹筋や臀部・足の筋肉を鍛える運動と腰回りのストレッチを追加します。
④.プールでの歩行を20~25分行います。(負担感はないのですが結構疲れる運動です。)
歩行は一般的な歩行からすり足や足を高く上げたり、手の振りを変えたりと色々な
歩き方をして体をほぐしながら鍛えていきます。
⑤.最後に血圧などを測定し、トレーナーがひとり一人運動後の体調を問診します。
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主なストレッチ
私は、大体上記の様な運動を昨年11月初めから始めた所、11月下旬には「痛め止めの薬」を飲まなくても良くなり、12月初めには「あれ、そういえば痺れも痛みもない!」「駅近くのスーパーから15分も歩いて帰ってきちゃった」 等の現象が!!!
12月中旬には間違いなく「脊柱管 狭窄症」による痺れや痛みは無くなり、2月に入った今も痺れや痛みのない状態が続いています。 尚、まだ狭窄症とは違う感じの腰の痛みが少し残っています。
多分、「LiFE,MEDICAL FITNESS」の「スマイルライフ8」の運動が私に合っていたのだろうと思うし、特にプールでの運動は効果的だった様に感じています!!!
で、先日、同じ様に脊柱管 狭窄症になった友人と話したところ、彼は「痛みが潜在化しただけで、無理をするとすぐに痛みが表面化する」と言う様な事を話していました。
今後も「LiFE,MEDICAL FITNESS」に通い予防的な運動を続けて行うと思っています。
腰痛(脊柱管 狭窄症)の痛みがとれる迄 その1 [日記]
昨年は3月~11月の間,脊柱管 狭窄症(せきちゅうかん きょうさくしょう)により左足や腰が痺れ、痛みも激しく、100mも歩けない状態でした。
原因は一昨年末頃からアルバイト先の工場が忙しくなり、昨年の初めからは私も現場に駆り出される様になり、毎日若干の力仕事を含む立ち仕事に!
長年使ってきた私の体は老朽化しており、一般的な工場の現場作業にも耐えられなくなっていた様で、昨年3月頃から左足の痺れや痛み,腰の痛みが発生。 尚、2011年2月にも同じ様な痺れや痛みを経験しているものの、前回とは痺れや痛む場所が微妙に違っていた。
で、2011年にお世話になった藤沢湘南台病院の整形外科で検査をした所、題記「 脊柱管 狭窄症」と診断された。 (2011年の腰痛は「椎間板ヘルニア」との診断だった。)
専門的にはどう説明するのが良いのか分からないが、私の場合は2011年のヘルニアも今回の狭窄症も共に背骨や腰骨とその椎間板の一部が神経を圧迫し、神経の血流が悪くなり痺れや痛みを伴うもので、圧迫された場所が違う為に痺れや痛みの場所が微妙に違ったのだと思う。
藤沢湘南台病院のホームページ http://www.fj-shonandai.jp/
昨年4月、「藤沢湘南台病院の整形外科」でのレントゲン撮影やMRI撮影での検査から背骨下部の左足に行っている神経が骨により圧迫されていて「 脊柱管 狭窄症」と判断された。
で、最初の1ヶ月は痛み止めや血液の流れを良くする薬をもらい様子を見る事に。
しかし、痛み止めを飲んだ時だけ痛みが和らぐ程度で何ら改善せず、「2011年にはこの病院のリハビリで治った」経験から今回もリハビリを開始する事に。
(ヘルニアや 狭窄症を治す方法は手術や針等も有る様ですが、2011年のヘルニアの時に病院から「手術もあるが必ず治るとは言い切れない」との説明が。 私は「神経の隣を手術するわけで万一失敗した時は最悪歩けない」の不安から「まずは最もリスクの少ないリハビリ(運動療法)で治す」を選択。 結果、2011年にはリハビリ4ヶ月で痛みが無くなった。)
病院でのリハビリは、私の場合週1~2回,1回20分で、足・腰のマッサージや筋肉を鍛える方法を教えて頂く事、そして歩き方等からの足腰のバランス確認とその改善法を教えて頂きました。 鍛える筋肉は、腹筋,背筋,腰の筋肉,足の筋肉等のインナーマッスルが中心ですが、20分と言う短時間の為鍛える方法を教えて頂き主に自宅で実行する事に。
で、整形外科の診察とリハビリを5ヶ月続けた結果、かなり良くなったものの完治には程遠い状態で痛み止めの薬は手放せませんでした。
しかし、「現在の医療制度では、発症後一定期間(標準的算定日数:脳血管障害では180日、整形外科疾患では150日)経過以降のリハビリは介護保険で行うことが推奨・・・」との事の様で、私も健康保険適用によるリハビリは5ヶ月で打ち切りとなった。
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と言う事で、病院のリハビリ打ち切り後引き続きリハビリを行うにはどうするか考えていた所、この病院に併設の「LiFE,MEDICAL FITNESS」と言う「お医者さんの診察に基づいてインストラクターの指導による運動やスポーツジム等に有る運動機器を使った運動をする」部門がある事が分かった。 下写真がその「LiFE,MEDICAL FITNESS」
「LiFE,MEDICAL FITNESS」のホームページは右記 http://www.life-mf.com/
私の「LiFE,MEDICAL FITNESS」でのリハビリについては次回レポートします。
ともかく痺れや痛みは約1ヶ月で解消しましたよォォォ~~~!!!!!