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ジャガー Eタイプで横浜赤レンガ倉庫のヒストリックカーディに参加。 [クラシックカーショー 神奈川県]

  
 11月9日、横浜ヒストリックカーディに参加して来ました。
このクラシックカーショーは8回目を迎えましたが、私は現在皆勤賞!!!

 11月9日も朝早めに出発し、道がすいていた事も有り会場近くには7時30分頃に到着。 で、会場近くを周回し、写真を取ったりして時間をつぶしました。

横浜税関前
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 8時10分頃に会場入りし、指定位置に駐車し展示開始です。

横浜赤レンガ倉庫前催し物広場が会場です。 既に多くの参加車が到着していました。
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西側にはランドマークタワーも見え、
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東側には大桟橋。 青地に白の"X"マークは大型客船で、大桟橋ビルも見えます。
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ほぼ10時から開会式、
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10時の開会から閉会の4時迄大変な人出でした。 1・2万人だそうです。
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で、私の車も結構な人気でした。
一般来場者の人気投票でトップクラスとなり表彰された。 このショーでの表彰は2回目! 賞品は紅茶、トロフィーでも用意すればいいのに。

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勿論、会場には素晴らしい車が一杯でした。

ジャガーXK120
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アメリカ車達,
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MG 1930年代の車と思う。
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展示車の中には素敵なデコレートした車も。 ミニのトラベラー
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 横浜は日産自動車発祥の地。 今回の気になった車達には日産車を取り上げてみたい。 
 日産車は何処のクラシックカーショーに行っても数多く参加しており、しかも単一車種でなく多くの車種が参加しています。 これは、日産がどの車種も丈夫で長持ち,しかも魅力ある車を作っていた証拠だろう。


 左側初代のフェアレディ(1960~1962),右2台が2代目フェアレディ(1962~1970)です。 最初のフェアレディと言う名前は輸出車で、その後輸出車はダットサンスポーツに。 国内がフェアレディにと名前が入れ替わりました。
2代目フェアレディでヨーロッパのライトウエイトスポーツに追いつきました。
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 初代フェアレディZ(1969~1978)
日産のスポーツカー造りとして大きく前進した車で、アメリカでは「買ったばかりのポルシェを下取りに「Z」を購入しに来たというお客が多くいたとか。
奥2台が240ZG,手前1台が2バイ2(2+2)他にS20エンジンを積んだZ432も参加していました。
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 日産オースチン(1955~1960)
戦後の混乱やGHQの規制等にる車造りの遅れを取り戻し、当時の最新の車造りを学ぶ為にイギリスのオースチンからノックダウン生産していた車です。
(ノックダウン生産とは、部品を輸入し組立てて車にする物で、徐々に部品を国産化していった。) この頃はいすゞのヒルマンや日野のルノー等もノックダウン生産していました。
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手前がローレルのハードトップ(日産初のハードトップ車だったと思う,1968~1972)
右奥が3代目のセドリック(1971~1975)。
セドリックは上記オースチンの後を受けて日産の中型車として1960年から販売を開始しました。
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 ブルーバードで、手前が2代目(1963~1967)、奥が3代目のブルーバード(1967~1972)です。
 ブルーバードはダットサン セダンの後を受け1959年から販売された車で、2代目は尻下がりで不評でした。
 3代目は今では当たり前になったエンジンのオーバーヘッドカムシャフトや4輪独立懸架のサスペンション,フロントウインドーの三角窓廃止等を国産車として初めて量産化した車です。
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 スカイラインで、手前から2~4台目までが3代目(1968~1972)、一番手前が4代目(1972~1977)です。 初代は1957年からで、3代目スカイラインが日本グランプリ等の自動車レース50連勝(49連勝と言う人も)した伝説の車でそのエンジンを街中でも走りやすい様にディチューンした車が2000GTRです。
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 最後に サニー(1966~1970)です。
日産の大衆車として開発された車で、今回の参加車はクーペでした。
1965年末車名を公募し、800万通のもの応募があり、その中から選ばれた名前が「サニー」でした。
(800万通と言ってもネット応募ではありませんよ! ほとんどが「はがき」です。)
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 今、日産は経営陣に色々な問題が起きている。
いい車を作っていた日産を、ルノーを始め今の経営陣がぶち壊している様に思えてならない!
元をただせば、バブル崩壊時に借金地獄に陥れた歴代社長連中の怠慢だろう!

 是非もう一度活気を取り戻して欲しい。 何よりニューモデルを出す事が先決だろう!


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ジャガー Eタイプで「The 銀座 RUN」に参加して来ました。 [クラシックカーショー 神奈川以外]

 
 11月4日の「The 銀座 RUN]」は東京中央区のお祭り「中央区まるごとミュージアム」のイベントとのコラボで行われました。


 4日朝、同行の友人が予想以上に早く我が家に来られましたので、予定より早めに出発と思い、出発前の点検をしたところブレーキランプの点灯が異常でした。

 ブレーキを踏みと右ランプが左に比べ暗い(テールランプの点灯か?),ヘッドランプ等のランプ類を点灯した時はブレーキとテールのランプが点かない。 
 で、テール&ブレーキランプの何処かのアース不良と推定。 室内のランプカバーを外し配線を確認したが異常なし。 次にリアーランプのレンズを外し、電球を外し再度組み付けて点灯チェックすると問題なく点灯。 テール&ブレーキの電球のアース不良でした。


 ちょっと時間を費やしましたが、気を取り直して丁度7時に出発です。
 で、集合場所の東京中央区の築地場外市場駐車場に8時半頃到着。
受付を済ませ、私は気になった車の撮影や知人への挨拶等 勝手な行動を!
その間、友人はスタンプラリーの駒地図を一生懸命に点検。


開会のミーティング
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早めにラリーの先頭車が出発し、私も前走車を追って出発です。
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銀座やお堀端,豊洲を回るコースです。
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場外市場の駐車場を出てすぐに人ごみの食堂街。 人と接触しない様に慎重にゆっくりと!!
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日本橋のスタンプラリーカー  迫力満点のキャディラック。
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東京駅前 ロールスロイスと東京駅駅舎(大正14年,1914年)とどっちが古いのだろうか?
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私も東京駅前を通過しました。 スタッフの方が写真を撮ってくれました。
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 銀座通りや皇居のお堀端,東京駅前等を回って13時過ぎに集合場所の築地場外市場駐車場に戻って来ました。


 今回、気になった車達は「小さな車達」です。
(今回のクラシックカーショーはアメ車等大きな車が多かった為あえて"小さい"をテーマにしてみました。)

日産のチェリーX-1R 1972年型 東京大学のクラブチームの車です。
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トヨタ スポーツ 800 1965型(通称 ヨタ8)
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フィアット 500F 1969年型
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スバル 360 1969年型 
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ヒルマン インプ
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その他
ブガッティ
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 フォード モデル A 1931年型
(私のアメリカの友人のお父さんの車(クライスラー)にそっくりで、懐かしくアメリカにいた頃の事を色々と思い出してしまいました。)
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アメリカの友人の父の 1930年型 クライスラー
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 で、私たちは閉会よりちょっと早目の15時頃に帰宅の途につかして頂きました。
何時もの事ながら、エンジンが止まらないか? オーバーヒートしないか? 夜になるとオルタネーターの発電力不足でバッテリーが上がらないか? 等々朝の出発から帰宅迄不安が一杯でしたが全く問題なく帰宅出来ました。

 良かったァ~~~  よかったァ~~~

イベントスタッフの皆さん楽しい時間を有難う御座いました。


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東海道五十三次,坂下宿から土山宿 その1:鈴鹿峠越え [ 東海道五十三次]

 
 連日雨が降ったり止んだりの中、先日、東海道五十三次の内の西の難所と言われていた
「鈴鹿峠越え」の亀山市の坂下宿から滋賀県甲賀市の土山宿迄を歩いて来ました。

 鈴鹿峠がどの位きついのか、峠越えの後次の集落迄どの位時間がかかるのか分からない為、
峠超えには十分な時間を確保しようと、前日関駅近くのホテルに宿泊し翌日早めに出発。
 今回は天候の具合から出発日を変更し日曜日になってしまった為、タクシーで前回の終点「坂下宿の岩屋十一面観世音菩薩」前に9時頃到着。
(坂下迄行く公共交通はコミニティバスのみで、日曜日はバスがお休みなのです。)


 鈴鹿峠は、
伊勢の国(三重県)と近江の国(滋賀県)の国境で、標高378mの峠です。
都が奈良盆地に有った頃は伊勢から加太峠を通り伊賀へ抜けるのが東海道だった。 仁和2年(886)伊勢から鈴鹿峠を通って近江に入る「阿須波道(あすはどう)」と称する新道が開かれ、この鈴鹿峠越えが東海道の本筋となった。
 昌泰元年(898)伊勢神宮に下った勅使が山賊に襲われ、又、建久5年(1194)には源頼朝が近江国山中の地頭山中氏に山賊退治を命ずる等、山賊が横行していた峠でもあった。


前回の終点の「坂下宿の岩屋十一面観世音菩薩」前です。 地面を見ると鈴鹿峠を越えた土山宿の「蟹が坂」から出迎えに来てくれたのか「沢蟹」が待っていてくれました。
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十一面観音菩薩前から歩くこと550m、国道1号線と別れ峠への山道を登ります。
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 国道と別れ、5分位奥に入った下写真左側の杉林が「古町」と言われる旧坂下宿です。
 慶安3年(1650)9月の大洪水で旧坂下宿は壊滅、1年後に1km程くだった現在の坂下に宿場を再建しました。 
 前方を歩いている方々はボランティアの方々で、市職員の方々と共に「片山神社」とその周辺の遊歩道をメンテナンスしに行かれるのだそうです。 ご苦労様です。
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上写真の古町から2・3分進むと左に可愛い滝がありました。 
後で分かったのですが、この滝の水は片山神社脇から流れてきていました。
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 小さな滝から4分ほどで片山神社に出ました。

 片山神社は、古くは「鈴鹿明神」「鈴鹿権現」等と呼ばれ延喜式内社に列せられている神社で古代から信仰を集めてきました。 元は二子山に祭祀されていたが、火災により永仁2年(1294)現在地に移された。 尚、今は2002年の放火で昔の社は無くなってしまった。
 旧東海道はこの辺りから「鈴鹿坂八丁二十七曲がり」の急坂が始まり「東の箱根峠、西の鈴鹿峠」と言われた難所であったとの事。
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下写真左が以前本殿があった所(今回のボランティアのメンテで草刈りをされるのでは?)
下写真右が神社内石垣の中段に祀られた本殿の社に相当する祠
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 で、旧東海道は片山神社前の右手からつづら折れの急坂が始まります。
つづら折れの最初の坂道には「鈴鹿流薙刀術発生之地」や1700年から1800年初めの延享,文化,享保年間の灯篭が立っていました。 灯篭坂とも言われている様です。
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つづら折れの急坂には石畳の坂や階段もありました。 下右写真のコンクリート造りの部分は国道1号線の為の施設で、旧東海道は国道下の階段を上ります。
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 片山神社から10分程度で国道1号線の下をくぐり階段を上ると国道と同じ高さの広場に出ます。 
更に下写真の黄色い矢印の所から峠の頂上に向かいます。
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上写真の所から登り始めて2・3分で「馬の水のみ鉢」というものがありました。
昔街道を上り下りする馬の為の鉢で、コンクリート製でなく時代考証して欲しかった。
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 馬の水のみ鉢から3・4分歩いた所に、片山神社からつづら折れが始まって初めて遠くの山々が見える所に出ました。 絶景でした。
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馬の水のみ鉢から10分弱歩いた所で、「鈴鹿峠の頂上」で「鏡岩」との分岐点に出ました。

 一昨年「腰の脊柱管狭窄症」が再発し、その後「強度な狭窄症による痛み」は回復したものの腰や股関節の痛みが発生しており、体力の低下と併せ考えると鈴鹿峠を越えられるか心配でならなかった。 それが、それほど頑張らずに峠の頂上に着いてしまった様です!!!

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 で、余力があった事も有り、田村神社跡の石碑の前を通って鏡岩を見に行きました。

 鏡岩は、三重県の指定天然記念物となっており、岩石の種類は珪岩。
断層が生じる際に強大な摩擦力で研磨され、岩面の一部が青黒色の光沢を帯びた平らな鏡肌(スリッケンサイド)となったとの事。 鏡岩の平らな鏡肌面は縦2.3m、横2m。

 下左写真奥の岩が鏡岩です。 下右写真の岩の中央部分が磨かれた様に平らになっており、これが鏡岩の由来だと思います。
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鏡岩からは国道1号線や向いの山々が見え、絶景でした。 
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 鈴鹿峠の頂上で鏡岩との分岐点迄戻り、猪の豚コレラ菌が拡散しない様にと置かれていた石灰の箱を開け、靴に付け消毒しました。 
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 で、峠の頂上で鏡岩との分岐点から1・2分程歩くと三重県(伊勢の国)と滋賀県(近江の国)の県境でした。
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 三重県との県境から3・4分歩くと小さな公園にひときわ大きな常夜灯が有りました。
「万人講常夜燈」で、江戸時代に金毘羅参りの講中が道中の安全を祈願して建立したものだそうです。 高さが5.44mの自然石で、地元の山中村をはじめ、坂下宿や甲賀谷の人々の奉仕によって出来上がったと伝えられています。
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鈴鹿峠を越え滋賀県に入りましたし、レポートが長くなりましたので中断し、続きは近日中にアップします。


 三重県では、
 愛知県の宮宿から三重県の桑名宿への「七里の渡しの船」が台風で通常10月の予定が翌年3月に延期されたのを始め、石薬師宿では大雪にあう等、毎回天候不順により予定を変更した。
 実は今回も天候を見ながら計画の延期に延期を繰り返し、ようやく10月22日出発の予定でホテルを確保しましたが大雨の予報で23日の出発となり、ホテルは割高で、しかも24日は坂下宿迄タクシーで行く羽目になりました。

 三重県の方々には大変お世話になりましたが、私にとっては大変相性の悪い県の様で、今回無事に滋賀県入り出来てほっとしています。


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東海道五十三次 関宿から坂下宿 その2  [ 東海道五十三次]

 先日、東海道五十三次の内「関宿」から「坂下宿」を歩いて来ました。

 前回のブログで、関宿の地蔵院から坂下郵便局迄をレポートしました。
 今回は「鈴鹿馬子唄会館」や「鈴鹿峠自然の家」等のある公園地区から坂下宿本陣や法安寺迄をレポートします。


 坂下郵便局から400m程歩くと、小さ目ではあるが本格的な形をした「天文台」が見えてきた。 ここは亀山市の「市立の天文台 童夢(ドーム)」で「鈴鹿峠自然の家」や「鈴鹿馬子唄会館」等のある公園です。
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天文台の下がY字路になっており、右側の道路には下写真の様に木柱が立っており東海道五十三次の宿場名が京都まで書かれていました。 
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 で、Y字路の右側に入って行くとドーム型の「鈴鹿馬子唄会館」が有り、立ち寄り内部を見学させて頂くと共にお水を頂きました。
「私の記憶では、「関の地蔵院」から「坂下宿終点の前田商店」迄飲み物の売店や自動販売機が有りません!!! これから歩く方は関の地蔵院付近で飲み物の点検を!!!

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 馬子唄会館の向いには「鈴鹿峠自然の家」がありました。
ここは昭和13年に建てられた「坂下尋常高等小学校」で昭和54年3月に廃校となり、坂下公民館等に活用され、現在は青少年の研修施設「鈴鹿峠自然の家」として活用されています。
平成11年国の登録有形文化財(建造物)に登録されています。
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 馬子唄会館から下写真の様な静かな山間部を600m強歩くと「坂下宿」の集落に着きます。

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 坂下宿は、
 古くは1340年頃からお伊勢参りの書物等に記されており、又、東海道の西の難所「鈴鹿峠越え」の登り口だった為、室町時代には既に宿場として機能していた様です。
 しかし、慶安3年(1650年)の大洪水で現在の片山神社下にあった宿は壊滅、翌年1km程下った現在の位置に移転復興されたとの事。 江戸時代後半には下記3軒の本陣と下記の脇本陣1軒、そして48軒の旅籠が有る等東海道でも有数の宿場だった様です。
 明治23年(1890年)関西鉄道が開通し旅人の往来は激減し、今は過疎化が激しい地区となってしまいました。


 下写真のお茶畑には、その昔大変栄えた本陣が3軒並んでいました。
(橙色の矢印が本陣跡の石碑)
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 上写真橙色矢印の本陣は、奥から「松屋本陣」「大竹屋本陣」「梅屋本陣」です。
尚、松屋本陣は「坂下集会所」の所で、コミニティバスの終点「伊勢坂下」バス停です。

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 で、右側の法安寺の先には「小竹屋脇本陣跡」の石碑があり、更に350m程進むと右側に祠があり中にはお地蔵さん。  鈴鹿峠を安全に通れる様にと願い古人が祀られたのだろう。
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 朝6時20分頃に家を出て、11時半頃関西本線の関駅に到着し、歩き始めて約7km、寄り道の多い私でしたが15時頃に坂下宿に到着。 関駅に戻るコミニティバスの最終は午後16時5分発だった為ゆっくりと法安寺さんを見学させて頂きました。

 坂下宿の「法安寺」は永正2年(1505年)に釈迦牟尼を本尊をとして開創されました。
法安寺の山門は細工瓦が見事です。
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正面が本殿、右が庫裡(クリ)
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下写真の庫裡の玄関は旧松屋本陣の玄関を移築したもの との事。
 明治15年4月坂下小学校改築の際に松屋本陣の玄関を小学校校舎の玄関に移築、その後昭和13年4月小学校が沓掛地区に移転しましたが、保全されてきた。 文化財として希少価値があるとの事で法安寺の庫裡の玄関にと昭和35年10月移築されました。
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 法安寺から歩く事550m、岩屋十一面観世音菩薩に着きます。
岩屋観音は、法安寺の境外地にあり、元禄時代に阿弥陀如来・十一面観音・延命地蔵の石像を祀られたとの事。 写真右側の黒い扉がお堂への入り口です。
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 お堂は閉じられ、石像は拝観できなかった。
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 15時50分頃に坂下集会所のバス停に戻り、コミニティバスの最終16時5分に乗って関駅に戻り、亀山駅近くの宿に入りました。


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東海道五十三次,関宿から坂下宿 (その1:鈴鹿川の橋は丸太橋だった) [ 東海道五十三次]

  
 先日、東海道五十三次の内「関宿」から「坂下宿」を歩いて来ました。

 関宿は下記ULRで今年5月末と6月初めにレポートした様に静かで江戸時代を思わせる歴史的な景観地区です。 古い街並みに興味のある方は必見です。
 https://hisashi1946.blog.ss-blog.jp/2019-05-29
 https://hisashi1946.blog.ss-blog.jp/2019-06-04


 で、今回も早朝6時20分に家を出て名古屋経由で亀山市の関駅には11時20分に到着。
途中新幹線を使っても5時間もかった。 ずいぶん(♬思えば)遠くへ来たもんだ !

 で、前回の終点「関地蔵院」から旧東海道を歩き始めます。
 (関地蔵院は、国内最古の地蔵菩薩で 741年、奈良東大寺の僧行基が、流行していた天然痘から人々を救うため、この関の地に地蔵菩薩を安置したと伝えられています。)
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 地蔵院を過ぎても 格子の古い建物は続き、地蔵院から約100mで田中家の前に出ます。
田中家は代々「醤油醸造業」を行っており、建物は大正時代初期の物です。
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 格子の家並みを見ながら550m程歩いた所に観音院がありました。
 観音院は古くは福聚寺(ふくじゅうじ)と言われ嵯峨天皇の時代(820年)の開創だそうで、中世(12~16世紀)にはこの地の豪族関氏の祈願時として栄えたそうです。
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 そして、更に100m強歩いた所に「関宿西の追分 休息施設」に到着しました。
ここが実質的な関宿の西のはずれであり、「亀山市関宿重要伝統的建造物群保存地区」の終点です。 休息施設の内部には畳の休息室や関宿の説明掲示物がありました。
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 休息施設からなだらかに左カーブを下って行くと「西の追分」に出ます。
追分とは分かれ道の事で、ここは左に行くと「大和道」真っすぐは「東海道」となります。
今風に言うと、ここは国道1号線の「新所町交差点」で左に曲がると「国道25号線,奈良方面」真っすぐは「国道1号線,京都方面」となるのでしょう。
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新所町交差点からは国道1号線を歩きます。
 で、新所町交差点から500m弱、市瀬の交差点を過ぎた所の左側駐車場内に「転び石」と言う直径2m程の大きな石がありました。
 この石は、「東海道名所図会」等にも描かれており、「弁慶ころがし」とも言われ、言い伝えによると「付近の山から転がり落ちてきたもので、夜な夜な山に戻りたいと唸り声を出して人々を恐れさせたが、通りかかった弘法大師様がこの石を供養したところ、石は静かになったと伝えられている」との事。 (なんでも弘法大師が出てくる様な気が?)
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 更に歩き、新所町交差点から700mの所で1号線から右に曲がり、鈴鹿川沿いを歩き160mで鈴鹿川を渡ります。 下写真は橋から上流方向を見た所で、ここから時々鈴鹿川の渓谷を見ながら鈴鹿峠に向かって、上り坂と感じない程ゆっくり登って行きます。
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 更に旧道を50m程行くとT字路にぶつかり右に曲がって行き、道なりに少し進むと国道1号線にぶつかります。 1号線を斜めに横切り下写真濃い矢印の方向に歩きます。
写真左の灯篭は誓願寺さんの前の物で、その向かいには小さな祠と中にお地蔵さんが。
(関の地蔵院さんの様な大きな施設もこの小さなお地蔵さんも同じ様に旅人を見守ってくれているのでしょうね!!!)
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 国道1号線を横切って旧道を道なりに歩くと約250mで再び1号線にぶつかり、今度は1号線を歩きます。 1号線を歩き続け750m、右側に入る2つ目の路地の所で少し入った所に筆捨山の掲示板がありました。
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 更に歩くと国道1号線が左急カーブになっており、小さな集落がありました。 歌川広重の「坂下宿」はこの辺から筆捨山を描いたのではないかと思います。
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 国道1号線を歩き始めて1.2km、1号線の左側に一里塚がありました。 ここの塚は江戸から107番目「一ノ瀬の一里塚」と言われ、旧東海道を歩いた先人達のレポートでは笹やぶの中に塚が立っていましたが、今回は綺麗に刈り取られていました。
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 一里塚から100m弱で再び国道1号線と別れ、右の旧道に入って行くと約100mでコミニティバスのバス停「楢の木」に、更に進み約800mで「超泉寺」の山門を右に見てその先にはコミニティバスのバス停「沓掛」が有りました。 そして1号線を別れて約1100mで「坂下郵便局」に出ます。

一里塚から100m、国道1号線からの別れ道,黄緑丸内は旧東海道の案内板
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「超泉寺」の山門
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坂下郵便局のある沓掛の集落の入り口には、鈴鹿川に丸太橋が掛かっていました。
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坂下郵便局前
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 長くなりますので、取り合えずここでレポートを中断し、次回続けてレポートします。

 尚、郵便局の先は坂下宿の集落となります。


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