東海道 再開第2回目, 沼津宿~原宿+田子の浦 [ 東海道五十三次]
今年初め頃からヘルニアに伴う足の痛みがやわらぎ、7月に東海道五十三次を再開してみました。
結果、約2万歩歩きましたが若干左足首が痛いかな? 疲れによる物なのかな? 程度でした。
で、台風27号の去った日曜日に 沼津宿から原宿 と少し追加して田子の浦迄歩いて来ました。
朝7時前に家を出て、沼津駅に9時半頃到着。 15分程歩き前回の終点 ”沼津宿” の道標に到着。 なんとなく左足が痛い様な? 気にし過ぎかな? と思いながら歩き始める。
この沼津宿から原宿間は見所が少ない。 とは言え歩かなければ東海道五十三次を歩いたと言う事にはならず、家を出る時からただタダ歩くだけと思っていた。
歩き始めて数分もしない内に清水本陣の道標を発見。 「? 沼津で清水」 と思いながらパチリ。
静岡銀行の交差点を右に曲がり163号線に出て、更に歩き、間門の水路の左先に松林が見えた。 駿河湾の海岸に植えられた「千本松」です。
所で、台風いっかの好天を狙って急きょ日曜日にした理由は富士山を見る為。
矢印あたりに見えるはずですが無い。 日本で一番高い山なのに見えない。
富士山を一日中見ながら歩きたかったのですが、残念でならない。
ガッカリしながら更に少し歩くと、旧東海道と千本街道の分かれ道に差し掛かり、富士も見えず、旧東海道とは言え、ただタダ一般道を歩くのは耐えられず、思い切って駿河湾の海岸を歩く事に。
(JR原駅近くのすし屋で聞いた所では、この千本街道は 「甲州街道」 と言い武田軍が作ったとの事で、旧東海道より古いのだそうです。)
で、少し千本松の松並木の中を歩き、
出ました。 駿河湾! 海岸線は延々と続き、今日の目的地はどの辺だろうと考えたら気が遠くなりそう。 で、補助食にと持ってきたブドウパンをかじりながら30分以上も海を眺めてしまいました。
このまま 「海を眺めて帰ろうか」 等と言う雑念を振り切り、海岸線を歩きJR片浜駅近くで旧東海道に戻りました。
かなり歩くと松陰寺の入口があり、見学。 又、直ぐ近くには住職だった白隠禅師の誕生地と産湯をつかったと言われる古い井戸もありました。
更に少し歩くと、やっと原宿に着きました。
原宿の道標はJR原駅のすぐ近くで、駅近くのすし屋さんでゆっくりと昼食。
ここ迄で、若干疲れた物の足の傷みは全くなく、ゆっくり休んだ事もあり、もうひと駅分 田子の浦迄歩こうと奮起。
とは言ってもさしたる見学する所は無く、ただタダ黙々と歩き、富士市に入りました。
更に歩き、田子の浦駅入口を右に曲がるとすぐに 可愛らしい小さな駅舎が見えました。
原駅近くのすし屋さんは 「多くの方はここで食事をし、吉原迄」 歩くのだそうですが、私は駅を見るとどっと疲れが出て今回はここ迄。
で、富士山はどうだったかと言うと、田子の浦駅ではすそ野を少し見せてくれました。
で、今回の歩いた距離は 沼津宿~原宿間 約6km と原宿~田子の浦間 約5km
歩数は沼津宿~原宿間 17000歩 (海岸に出る等横道にそれた事で歩数が増えたと思う。)
原宿~田子の浦駅迄 9000歩強
自宅を出て帰宅迄のトータルは32000歩
以前歩いていた時の歩数に近ずく事が出来ました。 しかもヘルニアに伴う足の痛みも無く。
次回の東海道は、足の回復具合や体力を確認する迄はと延期していた 「箱根関所から三島宿」を歩きたい。 出来れば今年中に!
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2006年10月にブログを初めて丸7年 良く続いたもんだ。 [日記]
初回のブログが 2006年10月7日でした。
もう丸7年続けていた事になる。
3日坊主の私としては良く続いたもんだと思う。 驚異的な事だ!
これも多くの皆さんが読んで下さっている事が励みとなり、続いた と感謝しております。
有難うございます。
7年間の累積としては、記事数が 635件を越えました。
総閲覧数も 217万件を超えました。
最近12ヶ月の平均閲覧数も 32000件強/月 とほぼ1日1000件強 読んで下さっております。
で、閲覧された回数の トップ3 は、
ジャガーEタイプのルーツ
http://hisashi1946.blog.so-net.ne.jp/2007-07-02 8762件
ジャガー Eタイプのステアリングホイールのメンテ
http://hisashi1946.blog.so-net.ne.jp/2007-05-12 8639件
小刀(一番小さな日本刀)の製作体験
http://hisashi1946.blog.so-net.ne.jp/2008-11-16 6862件
でしたが、上記を 「お気に入り」 に入れ、私のブログへの入り口にしている方も多いと思います。
尚、トップ3には入らなかったが、本格的なレストアには欠かせない 「錆を取る機械 サンドブラスター」 に関する記事は下記の他にも3000件を超えるものが幾つもありました。
サンドブラスターは便利ですが、エアーコンプレッサーも必要で導入に迷っている方も多い様です。
http://hisashi1946.blog.so-net.ne.jp/2008-02-18 4217件
http://hisashi1946.blog.so-net.ne.jp/2008-11-08 4143件
又、サンドブラスターは構造のわりに高額で、下記の記事を参考に自作してはとも思います。
http://hisashi1946.blog.so-net.ne.jp/2007-04-28
で、数値的な結果より大事な事はブログを始めた頃の初心を持ち続けているかだろう。
その1つはクラシックカーのレストアを通じ 「リタイヤ後、毎日が日曜日」 の過ごし方を紹介する事でした。
はたして目標は達成しているのでしょうか? 読者の皆さんの判断はいかがでしょうか?
アメリカに赴任していた時、赴任者の中には ”周りがアメリカ人、遊び相手がおらず土曜・日曜はアパートの中でモンモンと過ごし” 精神的にまいって帰国された方が以外に多かった。
ましてやリタイヤ後は毎日が日曜。 「1人で出来る目標を持ってすごす」 事が大事と思います。
クラシックカーのレストアは 「1人で毎日毎日コツコツ」 と 「無理せず、頑張らず、続けていれば何時かは完成する」 位の気持ちでいると、実は毎日が非常に忙しい。
写真はアメリカのクラシックカーショーにて。 左から3台目のシルバーが私の車。 ダットサン好きの米人と楽しく過ごしました。 ある米人は 「レストアは一生終わらない趣味」 とも言っていました。
下写真はEタイプのレストア前後のエンジンルームです。 レストア中は、走る事を考えず、”一つひとつの部品がオーバーホールされ綺麗になった事に一喜一憂” し、これを繰り返していると何時のまにかエンジンが出来、更に続けると車1台完成 と言う事が続けるコツかも。
又、車を使いながら、「今月はこの部品」 と部分的にレストアをして行くのもいいかも。
もう1つの目標は、ジャガー Eタイプのレストアを通じ、車の構造や私なりのレストアの仕方等を紹介し、クラシックカーを持っている方やレストアに挑戦される方々の参考になればとの思いだった。
はたして参考になっているだろうか? 内容は間違ってはいないだろうか?
アメリカでフェアレディのレストアをしていた時は多くの ”レストアのプロショップ” に色々と教えて頂き助かりました。 例えばマフラーは何処で作るか? 発電機のオーバーホールは何処か等々。
所が、日本に帰り Eタイプのレストアを初めてみると、プロのレストア屋さんは思っていた以上に閉鎖的でした。 私の要望には答えず、「フェアレディをレストアしたからと言って、ジャガーは車を作る知識が必要だ。 素人にレストア等出来ない。 途中で投げ出した人は一杯いる。」 と言われた事も。
勿論、目黒の大猫さんや横浜のOさんの様に親切に教えて下さるプロの方もおります。
等と長々とカッコつけて勝手な事を書きましたが、やっぱり 「間違った内容を書いていないか!」 「知ったかぶりになっていないか!」 等々心配はつきない。
でもまァ~ いいか。
60数年の経験をひっそりと墓場まで持って行く事もないし。 言いたい放題で行こう。
肩ひじ張らず、のんびりと、「もう一年ブログを書ければいいな」 位の気持ちで良いだろう!!!
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福寿橋 と 幸福橋 [神奈川県中部地域情報]
ここの所また自転車に乗っている。
理由は背骨のヘルニアがおもわしくない様で、左足が痺れ始めたからだ。
と言っても大したことは無い。 私の場合、自転車に乗ると足の痺れは回復に向うのだ。
それにしても私の三日坊主はお見事の一言だ!
ちょっと何かあると初め、ちょっと具合が良くなると忘れてしまう。
今回は神奈川県中央部の引地川沿いをちょっと多めに走ってみた。
で、発見したのが何とも幸せな名前の橋、福寿橋 と 幸福橋 だ。
それも新幹線を挟んですぐ脇の上流側に 福寿橋、下流側に幸福橋だ。
福寿橋 背景に新幹線が写っています。
幸福橋
このあたりは家庭菜園が多く、何人かが働いていたので、幸福橋の由来を聞いてみたが誰も知らなかった。 と言うよりは 「エエッ そんな名前が付いていたのかね」 程度の認識だった。
で、帰りに常泉寺に寄ってみた。
相変わらず 「河童」 のお迎えだ。
このお寺さんは 「お花のお寺 常泉時」 として桜の花の時期には 「お花見のコース」 になっている。
しかし、私は 「河童のお寺」 といった方が良い様な気がする。 男だからかねェ~。
下戸の私には実感は無いが、夫婦水入らずで徳利酒もいいのでは!
このお寺さん、面白い河童がいっぱいいるのですが、何年か前から入場料300円を取るようになってほとんど足が向かなくなってしまった。
以前はこんな河童さんも自由に見る事が出来た。
こんな河童さんなら騙されてもいい。
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秋だ! からす瓜だ! [庭と家庭菜園]
ここ数日暑かったり、涼しかったりと気温の変化が激しくなり、秋は確実に近寄ってきている様です。
先日、自転車で散歩中に真っ赤に熟したカラス瓜の実を見つけました。
実は私の家にもカラス瓜が植わっています。
友人が 「カラス瓜の花は綺麗だ」 と言うので、家庭菜園の近くの山から赤い実を1つ取ってきて、一昨年種をまき、昨年と今年花が咲きました。
カラス瓜の花は夜暗くなってから咲き、翌朝明くなる頃にはもうしぼんでしまっています。
又、カラス瓜は雄雌があり、花は同じ様に咲きますが、我が家のカラス瓜は雄で実はなりません。
下写真は昨年の花です。 今年は取り忘れました。
で、今回見つけたカラス瓜の実です。
完熟前
完熟
気づきました?
鳥のカラスは真っ黒なのに 真っ赤な瓜を ”カラス瓜” と言う。 何故?
で、ちょっと調べてみた所、多くの説がある中で、下記の説が有力だそうです。
「カラス瓜は、漢字では烏瓜や唐朱瓜と書く。 唐朱とは中国から伝わった朱色の墨の事で、原料(丹砂,辰砂)の形が卵型でカラス瓜に似ていた事から来た。」 とあった。
カラス瓜の原産地は中国と日本との事で、昔も多くの田舎に生えていただろう。
そんな瓜を昔の一部の貴族やその絵師だけが使っていただろう中国からの輸入絵具の名前が付くだろうか?
昔の田舎の庶民がどう呼んでいたんだろうか???
語源探し等するんじゃなかった。
泥沼に入って行くようだ!
深く考えず、カラス瓜は ただ単に 「カラス瓜」 でいい!
で、我が家のカラス瓜は今年で終わりにしよう。
と言うのは、今年の春、実がならなかったので安心していた所、昨年ツルがはっていた所から採っても採っても次から次に一杯芽が出て来て処理に困った。
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ジャガー Eタイプで 「まつどクラシックカーフェステバル」 に参加 [ カーショー 神奈川以外]
松戸市の 「まつど祭り」 は毎年10月の第一土曜と日曜に行われており、その行事の一つとして松戸駅西口の駐車場で クラシックカーフェステバル が行われ、 Eタイプ で参加して来ました。
フェステバルも土・日の2日間で、日曜には駅前ロータリーを一周するミニパレードも行われました。
ミニパレードの沿道は超満員で、中央付近ではスタッフの方が車を止め、どんな車かを紹介をしていました。
私は日曜日のみの参加で、家を6時前に出発し、早朝会場に到着、所定位置に展示(右端)。
多くの車は2日間連続の展示だった様です。
又、今回は日野 コンテッサ の特別展示を行っており、大型テレビでレース等の放映やパネル展示、主要部品の展示等を行っておりました。 で、来年の特別展示は上5番目の写真右端のオペルだそうです。
で、「まつど祭り」のメイン会場は松戸駅前の広場で、駅周辺は車を通行止め。 会場は人でごった返ししておりました。 ミニパレード時の説明では駅前に10万人だそうです。
駅前の歩道橋下は松戸の商工会の出店や各県の物産店が軒を並べ、人ごみでごった返し 「足の踏み場も無い」 と言う表現がぴったりでした。
駅前通りもこの通り。
前回の記事でも書きました様に、7年前にも フェアレディ SRL311 で参加し本ブログの初回記事となりましたが、相変わらずの盛況ぶりに圧倒されるばかり。
クラシックカーフェステバル は午後4時に終了し、スタッフと参加者がいっしょになって後かたずけを行い、5時30分に解散となりました。 スタッフの皆さん御苦労様でした。
私は、暗い夜道,渋滞の夜道の中を生れ故郷迄帰りました。
で、何と待っていたのは、姪とその娘,本家の姪の娘で、田舎の家の梨の出荷作業場でたった1台のクラシックカーショーが夜9時近くまで続いてしまいました。
本家の娘達は今週末の鈴鹿の ”F1のレディースシート” を確保しているとか。
正月には天気のいい日に帰ります。 その時は若い娘さん達を乗せて少しはドライブできるかな!
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ジャガー Eタイプ で 「熱海 ヒストリカ GP」 に参加 その2 [ カーショー 神奈川以外]
前回に続き 「熱海 ヒストリカ GP」 です。
今回参加された中で最も古く、多分最も大きい車 ロールスロイス2台
(参加車両ですが一般車の駐車場でした。)
奥が 1910年型 シルバーゴースト, 手前が 1927年型 ファントムⅠ
こんな魅力的な車も 1960年型 フェラーリ250GT 2+2
BMW イセッタ600 3ホイールが多いのですが、この車は4ホイールです。
で、国産で一番古かった車が 1961年型で 初代ダットサン ブルーバード
日産の ダットサンブルーバードは310型として 1959年に発売され、バリエーションは1000ccスタンダードと1200ccのスタンダードとデラックスの3種類がありました。
1960年にはエンジンの出力向上やラジエーターグリル,テールランプ等の変更を行い311型となりました。
この311シリーズには ”ファンシーデラックス” が加わり、
今ではごく普通になっているサンバイザーに組みこんだミラー、傘立てやハイヒール立て,フラッシャーランプ作動時のオルゴール等々当時の女性が ”あったらいいな!” と思う様な装備が日本初としていっぱい付いていました。
そういえばアメリカで乗っていた 1967型フェアーレディSRL311もアメリカのおばちゃん達に人気の車で、ある時はアメリカ人のおばちゃんが家迄追いかけて来て 「この車なんですか?」 と聞かれた事も!
日産は、ファンシーデラックスの様な女性を意識した車作りを続けていれば日本の自動車業界図も大きく変わった様に思う。
初代フェアレディ Z (S30) がアメリカで 「史上最も量産されたスポーツカー」 と言われ、ポルシェを大きく上回る人気車になった事や スカイライン 2000GTRが高性能で人気だった事が逆に災いしたのでしょうか?
フェアレディ Z 432
10月6日は松戸駅西口駐車場での 「まつど クラシックカー フェステバル」 参加予定です。
このブログの第一回記事も 「まつど クラシックカー フェステバル」 でした。
以前、先輩に 「ブログを初めました。 よろしく」 くらい書けよ と言われた記事です。
http://hisashi1946.blog.so-net.ne.jp/2006-10-07
http://hisashi1946.blog.so-net.ne.jp/2006-10-09
あと数日で丸7年のブログになるんですね。 3日坊主の私が良く続いたもんだと思います。
多くの読者の皆さんが読んでくださっているおかげかと思います。
有難うございます。
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ジャガー Eタイプ で 「熱海 ヒストリカ GP」 に参加 [ カーショー 神奈川以外]
ジャガー Eタイプ で 「熱海 ヒストリカ GP」 に参加して来ました。
会場は伊豆半島の 長浜海浜公園。 熱海から下田に向って約10分位の所だろうか。
前回の記事の様に 7時15分頃に会場に到着。 参加車受付が10時でありかなり早い到着です。
主催は熱海 ヒストリカ GP実効委員会で、共催は 「オートモービルクラブ ジャパン」です。
一般的なショーでは車種別・年代別等で展示されますが、 「オートモービルクラブ ジャパン」が取り仕切るショーでは大まかにゾーン分けをするだけで、各車は到着順に並べて行きます。
今回は 「第一回日本グランプリ50周年」 と言う事もあり、私の車はそのグランプリ参加車両と同型だった事もあり 「特別展示」車両扱い。 しかも早く着いた為会場本部前の特等席。
到着順の為、色々な車が隣同士です。
会場前は海水浴場で、シャワールームや足湯・トイレの設備を備えた 「うみえーる長浜」と言う建物もあり、しかも今回は多くの方が訪れてもいい様にと多くの出店も出ていました。
出店も多くのお客さんに備え準備に忙しそう
会場の南側にはホテルや旅館等も
昼近くには沖合にヨットも。 一艘倒れちゃいました。
で、会場に戻って、
前回の参加は190台強だったそうですが、今回は300台を超えたそうです。
しかも、色々な車種が入り混じっており、目移りして焦点が定まりませんでした。
とは言っても際立っていたのは ランボルギーニのエスパーダ でしょう。
今回初めて実車を見せて頂きました。
ベンツの190SLも見直してしまいました。 貫禄があります。
(リタイヤ後の趣味として 190SLをレストアするか、ジャガー Eタイプのレストアかを迷った時期がありました。 結局馬力のある Eタイプにしてしまいました。)
ジャガー Eタイプは私のを入れて7台も参加していました。
アメリカではこのライトブルーが人気色でした。
次回に続く!!!!!
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