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静岡県伊豆の国市の韮山反射炉と江川邸, その1 反射炉 [ 旅行 東海]

 
 世界遺産になる前から「もう一度 行きたい! 行きたい!」と思っていた「韮山の反射炉」に先日やっと行く事が出来ました。
 前回の見学は、45年以上前の20歳代前半だったと思うが、当時は世界遺産になるほど重要な施設とは全く思わず、ただの物見游山で他の人が「是非見たら」と言っているから見に行った様な感じでした。


 韮山の反射炉は幕末のペリー艦隊来航等で海防体制の強化が必要となり、幕府は江川英龍を責任者として反射炉を造り、大砲の製造と品川沖にお台場を作る事を決定した。
 反射炉は当初下田に作る事で基礎工事等を行っていたが、1854年3月下田に来航したペリー艦隊の水兵が敷地内に侵入した事で、急きょ韮山に変更し建設する事となり1854年6月に起工した。

 江川英龍は反射炉の完成を見る事無く1855年1月亡くなりましたが、工事は英龍の息子の英敏が佐賀藩の協力を得て築造を進め、1857年11月「韮山反射炉連双2基」を完成。

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 韮山反射炉ガイダンスセンターで入場料500円を支払い、入場(江川邸の見学と合わせ700円)。 ガイダンスセンターでは映画により設置の由来や構造等の説明もありました。

で、反射炉の設置場所に。 黄緑のブルゾンを着た方がボランティアの無料説明員です。

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反射炉の構造は炉の前の部分に燃料を燃やす「焚所」,少し奥に銑鉄等を入れる鋳口があり、煙突の下から溶けた鉄等(湯)を出す出湯口があります。 
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             写真をクリックすると大きく表示されます。
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2基は直角に配置されており、大きい物を鋳造する時は2基、4個の炉を同時に稼働し多量の湯(溶けた金属)を出湯出来る様になっている。

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 で、当時鋳造された大砲のレプリカ(鉄製24ポンドカノン砲)です。
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展示の大砲の前には下の様な説明板がありました。 木村鋳造所さん有難う御座います。
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 韮山反射炉の公園には隣接して土産物屋さんやレストランも併設されています。
レストランでは焼き肉が美味しくおなか一杯に食べる事が出来もした。
(実は、美味しかった事で食べ過ぎ、のちに大きな損失を生むことに!!!)

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また、南側の茶畑の上には見晴らし台があり、天気が良いと富士山と反射炉を同時に見る事も出来ます。
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心がけが良く快晴になったのですが、何が富士さんの機嫌を損ねたんだろうか???


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熱海の花火大会 [ 旅行 東海]

 12月17日に熱海の花火を見てきました。

 熱海の花火は1年中行われており、12月だけでも2回,10日と17日に行われました。
又、既に来年のスケジュールも決まっており、1月から始まり来年は18回も有る様です。
詳細は下記ページを参照して頂ければと思います。
 熱海の花火の紹介公式ページ https://www.ataminews.gr.jp/event/8/

 花火大会の時間は各回とも午後 8時20分~8時45分か50分と短いのですが、この約30分間は打上げっぱなしでひと時も目を離せません。
 また、熱海の花火は音がすごい。 熱海市街を囲む様に三方から山が張り出しているので、1回打上げると後ろからそして右後ろから更に左後ろからと何回も反響音がしてきます。 従って、打上げっぱなしと言える程の花火の音は「ドドド・・・」と止む事がありません。
で、今回はヨットハーバーのある親水公園から見る事にしました。


 8時20分に公園やサンビーチの街灯が消され、花火の打ち上げ開始です。

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色々な花火が次々と打ち上げられます。

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途中、メッセージ花火(「お父さん、毎日まいにち頑張ってくれて有難う どッド~~ン」)等の大きな花火も打ち上げられましたが、頭上に近すぎて写真に入り切りませんでした。

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 そして、フィナーレは空中ナイヤガラと言われる花火です。
ナイヤガラと言うと一般的にはあらかじめセットした仕掛け花火ですが、熱海のナイヤガラは低目の打上げ花火をバンバン打上げナイヤガラの様に見せるもので迫力満点です。

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 いつもは熱海サンビーチの砂浜で波の音を聞きながら花火の打ち上げを待ちましたが、今回はヨットハーバーのある親水公園から見て見ました。 ここも何となくおしゃれな感覚でいいものでした。


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台風一過の 名古屋城 [ 旅行 東海]

 
 先日の10月29・30日に名古屋に行ってきました。

 本来の目的は東海道五十三次の内の「宮宿」から「桑名宿」までを"宮の渡し船"で行く予定でしたが、台風22号が襲来船は欠航となってしまいました。
 しかし、名古屋城を目の前に見えるホテルを割引価格で予約できた事も有り、台風による雨の中新幹線で名古屋に行き、前回の記事の様に熱田神宮を見学し、ホテルへ。

 チェックイン時間には早かった為、部屋の準備が出来るまで、宿泊階のライブラリーカフェでコーヒーを飲みながら待機。 30分位で部屋に入る事が出来ました。


 部屋からは、台風の雨でかすんだ名古屋城が真正面に!
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 夜にはライトアップされた名古屋城が!
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 夕食はホテル内の中華料理店「柳城」で。
特に美味しかった私の大好きな「アンニントウフ」。
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 翌日朝には台風は過ぎ去り快晴!!!
 名古屋城では正門から入った所で、地元ボランティアの方にガイドをお願いしました。
正門から本丸方向に向かう広くなが~い通路では菊の展覧会を行っており、途中には菊を使ったジオラマ風の展示が、
名古屋城天守閣を背景にこんな写真にしてみました。
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 広い通路を本丸方向に曲がると表二之門(写真中央)です。
先の大戦の空襲等で多くが失われた中、表二之門は数少ないお城創建当時の建物だそうです。
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 表二之門を入り鉤の手に曲がると再建された本丸御殿です。
本丸御殿は戦禍で焼失しましたが、文献や実測図・古い写真・障壁画等が残されており、三期にわたって創建当時の技法で再建を進められており、一期(玄関・表書院)・二期(藩主と身内等の対面や宴席の場「対面所・下御膳所」)は完成し公開されています。 来年には三期工事が終わり本丸御殿は完全復元されるとの事。
名古屋城や本丸御殿の復元詳細のページ 
 ; http://www.nagoyajo.city.nagoya.jp/honmarugoten/01_about/index.html


本丸御殿玄関(ここは殿様等の玄関で、私達見学者は玄関脇の言ってみればお勝手口から)
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檜の白木が綺麗です。
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本丸御殿の内部(フラッシュ無しの撮影はOKでした)
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上記が本丸御殿の一期工期分「殿様の公職エリヤ」で
以下が二期工期「殿様の身内のエリア」
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 一・二期の復元では襖2枚分(だったと思う)が失われ復元出来ず、金色に塗られたままでした。(創造や創作はせず「わからない物はわからない」で残すとの事。)


 続いて天守に向かいます。
途中工事中の本丸御殿と名古屋城天守が共に見る事が出来ました。
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天守に上がる前に清正石や鯱を見ながら説明を伺い、
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天守に上り、四方を見学。
左の高層ビル群が名古屋駅付近。 右の長方形の建物が私の宿泊したホテル。
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 天守の見学を終え振り返ってみると 「やっぱりでかい!!!」 
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 で、名古屋の食事は鳥の量が少なかったり、写真を撮り忘れたりと失敗もありましたが、一応前回の「宮きしめん」下写真の「名古屋コーチンの鳥めし」そして「ひつまぶし」を食べてきました。
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 次回は横浜赤レンガ倉庫で行われた横浜ヒストリックカーディの予定です。

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台風に吹き飛ばされた「宮の渡し船」と 熱田神宮 [ 旅行 東海]

 先日の10月29・30日に名古屋に行ってきました。

 本来の目的は東海道五十三次の内の「宮宿」から「桑名宿」までを"宮の渡し船"で行く予定でしたが、台風22号が襲来、船は欠航となってしまいました。
 "宮の渡し船"を知ったのは昨年の6月頃で知った時には既に満席。 今年の4月、受付開始と同時に申し込みました。 1年半がかりの乗船計画は台風で吹き飛ばされた!!!
 ("宮の渡し船"の主催者「堀川まちネット」の方によると、ここ10年で欠航は初めてだそうです。 堀川まちネットのホームページ  http://horikawamachi.net/


 と言う事で、唯一無二の計画は吹き飛んでしまいましたが、納得できるホテルを格安で予約出来た事も有り、とりあえず宮の渡しの「宮(熱田神宮)」へ。

名鉄名古屋本線「神宮前駅」の西出口を出ると目の前が「神宮東門」です。
29日の夜台風通過との事で、午前中はまだ雨は小降り風も弱く参拝には問題なく、

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門を入り右側に広い道を進むと「熱田神宮会館」に出ました。
「七五三」の時期でもあり、着飾ったお子さんとお子さんの晴れ舞台に合わせ正装した親御さんたちが多く見受けられました。
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更に進むと「信長塀」が左右にありました。
永禄3年(1560)織田信長が桶狭間に出陣の時、熱田神宮に必勝祈願し勝利した事でお礼として奉納した塀で、土と石灰を油で練り固め瓦を積み重ねたものだそうです。
私の「桶狭間」に関する記事 http://hisashi1946.blog.so-net.ne.jp/2017-05-27
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信長塀からは、左に「西楽所」,奥に「神楽殿」と「授与所」が見えます。
授与所で御朱印を頂きました。 多くの神社仏閣では御朱印は礼金が定められていますが、ここは「お気持ち」だそうです。
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神楽殿からちょっと進むと「本殿」です。 ここでお参りをして、
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本殿の奥もパチリと。
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本殿の隣の「祈祷殿・長床(ながとこ)」では結婚式も行われておりました。
(結婚式を挙げて方は本殿奥もお参り出来るらしい?)
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本殿での参りも済み、正門の方に向かって歩き、振り返ってパチリ。
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正門から本殿方向に向かって右側に宝物館があり、見学させて頂きました。
熱田神宮では「草薙神剣(くさなぎのみつるぎ)」が祀られている事も有り、多くの日本刀と刀を作る工程が展示されていました。 内部は撮影禁止でした。
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正門の通路には熱田神宮の由来等が掲示されており、「草薙神剣」についても説明されていました。 (写真をクリックすると大きく表示されます。)
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で、最後はこれ。 名古屋のめんは「きしめん」です。
 お店では「宮きしめん」との事。
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次回は台風一過の名古屋城の予定です。

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熱海のMOA美術館,葛飾北斎の富嶽36景+10景  [ 旅行 東海]

 
 8月18日に花火を見た後19日にはMOA美術館で 「葛飾北斎の富嶽36景と追加された10景」全巻を見学してきました。

 MOA美術館のホームぺージ http://www.moaart.or.jp/exhibitions/


 伊豆山神社方向から車で行き、MOA美術館の上側の駐車場に車を置き、裏門(裏門で良いのかなァ~?)からチケット売り場に。

インド砂岩で統一された建物が立派です。
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 会場に入って右に回って行くと「葛飾北斎の富嶽36景」の展示室です。
で、展示室の係員の方に撮影の可否を伺った所「フラッシュ無しの撮影はOK」との事。

展示場には皆さんが列を作って作品に見入っていました。
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又、作品は下写真の様に展示されていました。
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 展示はいきなり「神奈川沖の浪裏」です。 波の迫力がすごい。
青が綺麗。 やっぱり本物です!!! 版画を刷った時の青に近いのだろう。
 (すべての写真はクリックすると拡大してみる事が出来ます。)
(感動しながら絵を見る事に気を取られ、また、後ろに並ぶお客さんの事も気になり写真はただパチリ。構図もピントもシャッタブレも忘れていました。)

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そして、この展示室の一番奥には「凱風快晴」,一般に言う「赤富士」がありました。
赤富士は何処で描かれたか不明だそうです。
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 展示場の途中(確か3番目の部屋?)には、富嶽36景についての説明があり、
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更に、富嶽36景の絵が何処で描かれたかの場所も表示されていました。
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また、北斎の綺麗な青についても説明されていたり、
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北斎の絵の構図についても説明されていました。
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 絵の素晴らしさと共に「そうだったんだ!!!」と思った事が幾つもありましたが、それはその地域ごとの産業や特色が絵に取り入れられており、今も続いている事でした。

 例えば、下の絵「本所立川」には木材加工の図が描かれています。
今の墨田区立川と思います。 今は東京湾の埋め立てと貯木場の関係からと思いますが立川から南の海側「江東区の木場」の方向に移っている様ですが。

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 また、下の絵「登戸浦(のぼとうら)には潮干狩りをしている所が描かれています。
今の千葉市中央区登戸(のぶと)の絵との事で、今も千葉県浦安から富津あたりまでは潮干狩りの盛んな所です。
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 所で、今も幾つかの地域で「海が干潮になると歩いて島に渡れる」事が観光の目玉になっていますが、下の絵「相州江の嶌(えのしま)」は今は橋の下になってしまいなかなか見る事が出来ませんが江の島も立派な干潮時陸続きなる名所(信仰の場)です。
橋をずらして陸続きが見える様にしてほしいなァ~

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最後に1枚
「相州梅澤左(左は「在」または「庄」の誤刻)」は神奈川県二宮町梅沢との事ですが、絵に描かれている鳥は「タンチョウ鶴」です。 
 二宮町の近くにJRの「鴨宮駅」がある様にこの近辺は鳥の多かった地方だろうと推測できますが、それにしても今は北海道にしかいないタンチョウ鶴が二宮町にもいたと言う事の様です。
一時食糧難や軍国主義の為に自然保護を忘れてしまった時期もありましたが、トキやコウノトリ,タンチョウ等大型の鳥が日本中を飛び交うようになって欲しいものです。

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 MOA美術館での富嶽36景の展示は8月29日迄でしたが、引き続き色々なイベントが有る様ですので是非出かけてみてはいかがでしょうか?
これからは海水浴客も減り多少静かな熱海になると思いますし。


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熱海の花火大会 [ 旅行 東海]

 
 8月18日に熱海の花火大会,19日はMOA美術館に行ってきました。

 熱海の花火大会は1年中行われており、夏は7月に2回,8月はなんと5回も行われます。
 熱海の花火の紹介公式ページ http://www.ataminews.gr.jp/event/8/

 花火大会の時間は各回とも午後 8時20分~8時45分か50分と短いのですが、この30分間は打上げっぱなしでひと時も目を離せません。
 また、熱海の花火は音がすごい。 熱海市街を三方から囲む様に山が張り出しているので1回打上げると、後ろからそして右後ろから更に左後ろからと何回も反響音がしてきます。 従って、打上げっぱなしと言える程の花火の音は「ドドド・・・」と止む事がありません。


 で、花火の打ち上げ開始です。
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 そして、フィナーレは空中ナイヤガラと言われる花火です。
ナイヤガラと言うと一般的にはあらかじめセットした仕掛け花火ですが、熱海のナイヤガラは低目の打上げ花火をバンバン打上げナイヤガラの様に見せるもので迫力満点です。
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 日没から花火打上げ迄の時間がありましたので早めに海辺の砂浜に陣取って、友人達と波の音を聞きながら持参の食物を食べたり飲んだり小声で「ワイワイガヤガヤ」するのも楽しいものです。

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熱海の「こがし祭り」 [ 旅行 東海]

 
 7月14~16日に行われた熱海 来宮神社(キノミヤジンジャ)の例大祭「こがし祭り」を見に行ってきました。

 熱海の「こがし祭り」の由来は、
 来宮神社の社伝によれと、和銅3年6月15日(西暦710年7月15日)、熱海湾で漁師の網に木の根がかかる事が三度あり、よく見ると神像の様だったので、松の下に祀って持っていた麦こがしを供えました。その夜、夢に五十猛命(イタケルノミコト)が現れ、潮騒が耳障りであるとのご神託があり、現来宮神社の地に遷祀したのだという。
 『熱海こがし祭り』(来宮神社例大祭)では、7月15日9:00〜15:00頃には木の根を拾った大浜海岸まで神輿の渡御があり、道中、天狗面に高足駄を履き猿田彦神に扮した者が、麦こがしを撒き散らすので、『こがし祭』と呼ばれています。

来宮神社 例大祭「こがし祭り」の詳細 http://gotoatami.com/kogashi1706
     http://shizuoka-hamamatsu-izu.com/izu/atami-city/kogashimatsuri/
麦こがしの説明   https://kotobank.jp/word/%E9%BA%A6%E3%81%93%E3%81%8C%E3%81%97-140297



 で、15日は、同行するクラシックカー仲間の友人が仕事の為、夕方6時に熱海駅に集合。
 こがし祭りのメインイベントとも言える「各地区が精魂込めて飾り上げた山車のコンクール」の審査が行われる国道135号線 熱海サンビーチ近くに行きました。
135号線を含めて付近は車両が通行止めになっていました。

 午後6時半から山車のパレードと審査との事で、6時15分頃には135号線の歩道はほぼ満員の人出、開始時刻の6時半には歩く人がすれ違うのもままならないほどの人出でした!



 で、パレードが始まりました。 135号線 サンビーチ付近の車道は神輿を担ぐ人、山車を引く人であふれていました。

パレードの始まりは日没頃でまだ明るく、電飾の少ない神輿が先行し、
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7時半頃になるとほぼ暗くなり、独自の工夫を凝らした山車が次々と繰り出されました。
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素晴らしい木彫りの山車に飾りを付け、女性は胸にさらしを巻き、
子供たちは先頭に座り太鼓をたたき、
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山車がすれ違う時は、お互いに健闘をたたえあっているのでしょうか?
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熱海は旧東海道から少し外れているのですが、なぜか53次が? 後で調べてみたい。
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素晴らしい木彫りです。 今でもこんな木彫りをする職人がいるのでしょうかね?
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こんな飾りも! 左端の黄緑矢印の先は私の前の方のタブレットの写真用映像です。
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多くの山車が出て、審査会場の前は大混雑。
黄緑矢印の山車がコンクールで1番だった様ですが、
総合優勝は温泉通り町「ミニオンズ大脱走!」が選ばれました。
私にとってはどの山車も素晴らしく感動ものでした。
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こんな小さな山車も、1台のリヤカーに飾りを付けて、兄弟らしき男の子2人が乗り、父親らしき方がリヤカーを押していました。
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コンクール審査場の前は最後まで山車と人で大混雑でした。
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 各地区の山車は素晴らしい出来栄えで、又、多くのお子さんや若い女性の方々が参加されておられて、感動しどうしの夕べでした。

 で、翌日は浜降りの神事。 タクシーでサンビーチに向かいましたが、熱海の街中や国道135号線は大渋滞。 途中からタクシーを降り、脊柱管狭窄症により痛む足を引きずりながら海岸に向かいましたが、既に神事は終了。関係者の方々が海岸から引揚げて行く所でした!
残念無念でした! 内心激しく地団駄踏み、「絶対狭窄症を治す」と誓いました。



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浜名湖の「かんざんじ荘」で出会った素敵な人 [ 旅行 東海]

 
 きのう7月1日、NHKで、バングラディッシュ、ダッカでのテロ1周年に当たっての放送がありました。 で、昨年浜松に行った時にちょっとだけお話しをした女性を思い出しテレビに見入ってしまいました。


 昨年(2016年)7月10日 天竜浜名湖線に乗るために題記「かんざんじ荘」に前泊しました。 ダッカのテロで日本人7人が亡くなった10日後の事でした。
 ダッカのテロ詳細記事 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%80%E3%83%83%E3%82%AB%E3%83%BB%E3%83%AC%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%A9%E3%83%B3%E8%A5%B2%E6%92%83%E4%BA%BA%E8%B3%AA%E3%83%86%E3%83%AD%E4%BA%8B%E4%BB%B6
http://www.nhk.or.jp/gendai/articles/3832/1.html
 私のかんざんじ荘の記事 http://hisashi1946.blog.so-net.ne.jp/2016-07-26
 天竜浜名湖線の記事 http://hisashi1946.blog.so-net.ne.jp/2016-08-01

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 浜松駅からの送迎バスとロープウエイでかんざんじ荘に到着し受付を待っていた時に、外国人の女性が生まれて間のないお子さんを抱いていました。

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 非常に穏やかで品のいい女性でしたので「何処から来られたのですか」と話しかけてしまいました。
バングラデッシュからとの事で女性から「この度は日本人に大変な事をしてしまい申し訳ございません。 私達の国造りに協力して頂いているのに!」と言う様なテロについての丁寧な謝罪がありました。 
 私は驚き何と言っていいか分からず、多分「貴女が起こしたわけではなく、気にしないで下さい」と言った様に思います。(機転が利かずボキャブラリーのない私でした。)

かんざんじ荘のロビーです。 
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 バングラディッシュの方は出産の為に旦那さんの実家のある日本に来られたそうで、「義理の両親に子供を見せる事が出来本当に良かった。」との事でした。

 今、豊田真由子様が話題になっていますが、バングラディッシュの方を思い出すとかばう気は全くないが真由子様の未成熟さに「可哀そうな人だ」と思う!!!
ちなみに私も「このハゲ! バカ!!!」です。


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名古屋市緑区有松の古い街並み散策 [ 旅行 東海]

  
 もう先月になってしまいましたが、有松に行ってきました。

 名鉄名古屋本線の有松駅を降り、県道237号線を100m弱南に行き、旧東海道との交差点にある「サイクルスペース ハロ」で予約しておいたレンタサイクルを借り桶狭間の古戦場巡りをした後、有松の古い家並みを見る事に。

橋上駅の有松駅
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古い街並みにマッチした白壁の自転車屋「サイクルスペース ハロ」
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 有松は、慶長13年(1608年)尾張藩によって東海道の鳴海宿と池鯉鮒宿(ちりゅうしゅく)の間に開かれた茶屋集落です。 耕作地が少なかった為、木綿の絞り染を作り有松土産として東海道を往来する旅人に販売。 この絞り「有松絞り」と共に有松村は発展してきました。
 しかし、天明4年(1784年)の大火で村のほとんどが焼失、絞り染め遺物、古文書、旧い形態を残す工房、蔵等の貴重な資料も同時に焼失してしまいました。
 この大火による復興には、従来の茅葺を瓦葺に改め、構造も塗ごめ造りとし「うだつ」を設ける等の防火対策を行いました。

有松村の詳細は「有松まちづくりの会」の下記ぺージを参照願います。
   http://www.arimatsunomachi.com/index.html

有松の古い家並み
blogDSCN2561.jpg



 で、桶狭間の古戦場を巡った後、有松郵便局迄戻り下の地図に沿って旧家を巡りました。
(下の地図はクリックすると拡大します。「有松まちづくりの会」のお店の紹介ページから借用致しました。)
有松の街並み-1.jpg



 有松郵便局(上記地図の一番右)から最初に見つけたのが「有松山車会館」です。
 有松には、布袋車(1675年には若宮祭りに参加)・唐子車(1830~1843年製)・神功皇后車(1873年製)の3台の山車があるそうで、この会館ではその内の1両を毎年交代で展示し、土・日・祝日に公開しています。
blog有松山車会館DSCN2528.jpg

「有松山車会館」の中の展示山車。
今回は運良く3台の内1番古い東町の「布袋車」で、製作時期は表示されていませんが延宝3年(1675年)には若宮祭りに参加した記録があるそうです。 名古屋市の中でも最も古いそうで、明治24年(1891年)名古屋市の玉屋町(現中区錦2丁目)から譲り受けたそうです。

下から見た所                  2階から見た所(布袋さんが見えます)
blog有松山車会館DSCN2530.jpgblogDSCN2538.jpg


有松・鳴海絞会館, 建物は古くはないが絞りの資料展示や展示販売をしています。
blogしぼり会館DSCN2456.jpg


会館の隣は「棚橋家住宅」, 主屋は明治8年(1875年)建造です。
7blog棚橋家DSCN2539.jpg


棚橋家の隣は「舛屋(山口家)さん」です。
江戸時代の建物だそうで、外国人の方が着物を着て散策しておりました。
blog舛屋&棚橋家DSCN2452.jpg


棚橋家の向いは「服部家住宅(井桁屋さん)」で、
寛政2年(1790年)創業、主屋は文久元年(1861年)建造です。
井桁屋さんの現在のお店
2blog服部家DSCN2457.jpg

服部家住宅(井桁屋さん)は現在のお店部分の他、写真奥の倉2棟も含みます。
2blog服部家(井桁屋)DSCN2455.jpg


ちょっと西に歩いた所の右手に「中濱家」があり、明治中期の建物だそうです。
当初は山田与吉郎家の建物でしたが、平成16年から中濱商店が使っています。
6blog中濱家DSCN2450.jpg 


更に西に向かって県道237号線をこえて行くと「中町年行司(唐子車山車庫)」が右手にありました。
blog唐子山車DSCN2546.jpg


「唐子車山車庫」のはす向かいは、有松で絞り染を初めて作り始めた(1610年過ぎ)と言われる竹田庄九郎の「中舛竹田家」です。
blog中舛竹田家DSCN2573.jpg

「中舛竹田家」の前には下写真の様な石碑での説明がりました。
古い家や街並みは皆の力で守られているんですね!
blog中舛竹田石碑DSCN2574.jpg


西に向かって左側に「竹田邸(竹田嘉兵衛商店)」があります。 主屋は江戸末期建造だそうで、有力な絞商の屋敷構えの典型だそうです。 寛保年間(1741-1744年)に絞り業を営んでいた竹田喜七郎が始まりと伝えられ、14代将軍徳川家茂(いえもち)も訪れたと言います。

1blog竹田家DSCN2564.jpg

時代劇に使われそうな竹田邸の長屋門です。
1blog竹田家門DSCN2564.jpg


同じ様に西に向かって100m、左側に「岡家」がり、江戸末期の建造と推定だそう。
主屋の間口は有松の伝統的建造物の中で最大だそうです。
5blog岡家DSCN2554.jpg


岡さんの隣の隣は「小塚家住宅」です。 主屋は文久2年(1862年)だそうです。
小塚家が有松に居を構えたのは寛文年間(1661-1673)だそうで 、主屋,水屋,表蔵,南蔵,茶室など絞商の屋敷構えが一式で残っているのだそうです。
4blog小塚家DSCN2551.jpg


小塚家住宅の隣の隣には、西町の山車「神功皇后車(1873年製)」の山車庫がありました。
縦長の建物です。 
blog西町神功皇后車DSCN2549.jpg

で、この先は上に名古屋環状第二自動車道が通っており、その下に有松の一里塚があります。


 名古屋市緑区有松は、東京から名古屋市に至る旧東海道の中では1,2を争う古い街並みが残っていました。 しかもその古い家は現在も居住や商店として使われている事に感銘を受けました。
是非行かれてみてはいかかでしょうか。


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今川義元が織田信長に打ち取られた場所「桶狭間の古戦場」巡り [ 旅行 東海]

 5月3日から5日にかけて知立祭りや名古屋市緑区の有松に行ってきました。

 5月3日、知立祭りでユネスコの世界文化遺産になった浄瑠璃文楽やからくり人形を見た後、知立に一泊し翌朝有松に移動。 有松の自転車屋さんに予約しておいたレンタル自転車を借り、桶狭間の古戦場を巡り、また有松の古い家が立ち並ぶ街並みを見る事に。

 古戦場を巡るコースは「名古屋市緑区ルネッサンスフォーラム」が発行している「(名古屋市)緑区散策マップ 桶狭間古戦場コース」
(ホームページ; http://www.geocities.jp/midorirekishi/map/okehazama.pdf )
をもとに回る事にしました。



 上記の「桶狭間古戦場コース」の資料によると、
 桶狭間村は1341年頃南北朝時代に南朝の落ち武者20人位が隠れ住み、その半数位が桶狭間郵便局付近から長福寺に至る間に土着したのが始まりとの事。

 村の発祥から約200年後旧暦の永禄3年5月19日(1560年6月12日)桶狭間の合戦があった。
 村人は先陣の瀬名氏俊から「今川義元が着陣する」と聞かされ、徹夜で餅をつき肴を煮、当日の昼には義元公をを迎え酒肴を献上無事の通過を願った。 当日19日の昼頃には激しい雷雨となった。 雷鳴が遠のいた途端北方から織田信長軍が義元軍に襲いかかり大喚声,悲鳴、怒号馬のいななき等が響きわたり、義元軍の1割にも満たない「織田軍が義元を打ち取り」勝どきを上げた。

「桶狭間古戦場コース」の地図の部分
bbblogokehazama.jpg


 地図 ① の高根山への道は間違えやすいとの事でパスし、有松郵便局から地蔵池迄行き、
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地図を見ながら少し戻り、ひと山越える様に坂道を上り更に下り桜花学園大に突き当たったら右折し150m 名古屋短期大学の端、地図②の武路釜ヶ谷(たけじかまがたに)に到着。

織田軍はこの谷に潜み突撃の機会をうかがっていた。
blogDSCN2467.jpg


 釜ヶ谷の看板から150m、トンネルをくぐって直ぐに右折、急な坂を上り大池方向に。
このトンネルの上には何があると思いますか? 答えはこの記事の最後に! 私はこのトンネルに惑わされ「行ったり来たりの迷子」になり、地元の人に道順を教えて頂きました。
blogDSCN2473.jpg


 トンネルをくぐり右折して約250m、大池に戻る直前に道なり左折、最初の角を更に左折するとすぐに右側の電柱に地図③の「七つ塚」の看板(下左写真)があり、看板に従い路地を入って行くと 塚 がありました。(実はここでも塚が見つからず地元の人に教えて頂きました。)
 信長は義元を打ち取った後この付近に兵を集め勝どきを上げた。
その後、村人はここの東西に七つの穴を掘り戦没者を埋葬、塚として弔ったとの事。
七つ塚に入り口              七つ塚
blogDSCN2479.jpg blogDSCN2476.jpg



 七つ塚から出て、左側(西)に行き、上記地図を見ながらクニャクニャと曲がって ④ 桶狭間古戦場公園「田楽坪」に出ました。

ここは「今川義元が討ち死にした地」と伝えられている場所です。
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右端の黄緑矢印が今川義元の墓だそうです。いつ建てられたかは不明です。
blogDSCN2484.jpg

公園の反対側の入り口で、幾つかの掲示板や石碑がありました。
blogDSCN2497.jpg


 次に向かったのは上記地図 ⑤ の今川義元の本陣があったと言われる「おけはざま山」。
桶狭間古戦場公園南側の道を東に約150m行き、斜め左に入り、道なりに北方向に坂を上って行くと桶狭間山の頂上と思われる所に出ます。
この坂道を上って「おけはざま山」頂上へ
blogDSCN2501.jpg

自転車の陰黄緑矢印の所に「おけはざま山」の表示が。
(表示が臨時の様な物でしたので、帰宅後調査した所山の頂上の真下西側30m位の所に石碑があった様です(古戦場公園からの道順は全く異なりました))。
blogDSCN2500.jpg blogDSCN2499.jpg


 ④ 桶狭間古戦場公園に戻り、少し南に行くと大池に出ます。
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 大池の北東岸に地図 ⑥ の瀬名氏俊の陣地跡の石碑と掲示板がありました。
瀬名氏俊は今川義元の部下で合戦の2日前にここに着陣し、義元の着陣,5月19日(合戦日当日)の昼の休息陣地を構築した。 尚、瀬名氏は合戦の日には先発として大高城に向い合戦には加わっていない。
blogDSCN2502.jpg


 大池東岸の南端に ⑦ 長福寺があります。
blogDSCN2505.jpg

長福寺の由来は下写真の様です。
blogDSCN2517.jpg

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織田軍に打ち取られた今川義元の首検証した所だそうで、供養杉と呼ばれる大きな杉の木がありましたが1959年の伊勢湾台風で枯れてしまい今は2代目の杉だそうです。
blogDSCN2509.jpg


長福寺のほぼ対岸、市バスのバス停「桶狭間寺前」に ⑧「戦評の松」がありました。
瀬名氏は今川義元の昼の休息陣地を築いた後、ここの松の下で戦評をし、大高城に向かった。 ここには大きな松があった様ですが、今は若い松が植わっていました。
blogDSCN2526.jpg


 最後に、地図 「⑨ 桶狭間神明社」
 創建時期は不明ですが、桶狭間村は1340年代南朝の落武者が開拓した村であり、その後1600年の検地で免除地となっている事、桶狭間の合戦時「瀬名氏がお酒を供えた」ともあり、1340年から1560年の間であろうと言えます。
blogDSCN2521.jpg


 所で、本記事の3枚目の写真のトンネルの上は? 「愛知用水」の水路でした。
 一番最初の地図の左端に「愛知用水」と書かれているものの地図上では川の様に描かれています。 遠くから来た私の様な者には用水路はなじみがなく地図上では川に見え、まさか川の下を道が通るとは思われず、迷子になった次第。 他にも本案内図を持った方が迷子になっており、何ともわかりにくい地図でした。
愛知用水の解説; https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%84%9B%E7%9F%A5%E7%94%A8%E6%B0%B4

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 有松の街並みは次回のレポートを予定しています。


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愛知県の知立祭り その3,間祭りの花車 [ 旅行 東海]

  
 5月3日から5日にかけて知立祭りや名古屋市緑区の有松に行ってきました。
 神奈川県から新幹線で豊橋へ、豊橋から名鉄名古屋本線で知立駅に着いたのが12時近く。
ホテルに荷物を預け、知立神社向かいました。

 祭りの主会場の知立神社境内は屋台も出て大変な人出でした。
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 世界遺産の浄瑠璃文楽の公演は4つあり公演と公演の合間に知立神社境内に見に行くと、午後2時半には各地区から引かれてきた花車は宮入しつつありました。

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 次の公演と公演の合間の午後3時10分頃には、花車は知立神社境内に
すべて宮入していました。
blogDSCN2264.jpg


 宮入後の花車と地域の方々は神主さんに祝詞を上げて頂いて、
blogDSCN2269.jpg


 宮入れが終わり、花車のお披露目が終わると、各花車の帰路に就く前のパフォーマンス。
 前を持ち上げて花車を回転させてます。 勇壮で見ごたえのあるものでした!!!
blogDSCN2439.jpg


 そして境内から各地区への帰路に。 暗くなるとライトアップもするそうです。
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 せっかく知立神社に来られたのだからと言う事か、本殿にお参りする方々は行列を
作っておられました。
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 神社境内の広場は大変な賑わいですが、境内の横や裏はうその様な静けさでした。
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愛知県の知立祭り その2,世界遺産の からくり人形芝居 [ 旅行 東海]

  
 5月3日から5日にかけて知立祭りや名古屋市緑区の有松に行ってきました。
 神奈川県から新幹線で豊橋へ、豊橋から名鉄名古屋本線で知立駅に着いたのが12時近く。

 祭りの主会場の知立神社境内は屋台も出て大変な人出でした。

 昨年12月、日本の無形文化遺産として「山・鉾・屋台行事 33件」の内の1つとして、知立祭りで行われている「山車の上で行われる文楽やからくり人形芝居」がユネスコの世界無形文化遺産に登録されました。

知立神社の南隣で行われた山車の上の浄瑠璃文楽・からくり人形芝居は超満員でした。
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 で、山車の上で行われる文楽は前回の記事の様で、今回は西町の山車で行われた「からくり人形芝居」をレポートします。

演目は「一之谷の合戦」
 「一之谷の合戦」の詳細解説は右記 http://www.katch.ne.jp/~ksj/karakuri%20sibai.htm

あらすじは、
 木曽義仲に追われ北九州に逃げた平家は寿永3年(1184)の春、再起し一の谷(兵庫県)に陣をはった。 源頼朝は後白河院の宣詞を賜り、弟の義経は北の断崖を下り攻撃する。
 時に、このからくりで上演される 熊谷次郎直実は43歳、その子熊谷小次郎直家は16歳、岡部六弥太忠澄は26歳、平山武者所秀重は32歳 だったと伝えられている。

 で、熊谷小次郎が先陣を務め、平家の陣屋からの笛の音等で感慨にふけっていると、後を追ってきた父直実は「汝は源氏の旗頭小次郎なり」と名乗りを上げ、小次郎は我に返り敵陣のひときわ目立った扇を射抜いた。
 平山は源氏の禄を受けるもむほんを起こし物陰に潜んでいた。 そこへ小次郎が小桜おどしの鎧に星かぶと姿で来たので平山は驚き、そんな姿で夜襲が出来るものかと小次郎をあざ笑った。
 若い小次郎は、先陣なりと鎧かぶとを脱ぎ捨て、難所の岩石も飛石の様に飛び越え、乱杭逆茂木もものかわ、桜の古木によじ登って陣内深く切り込んだ。
 ついてきた父直実は小次郎の身を案じ、敵陣に切り込んで負傷した小次郎を救い出した。 平山のむほんを知った岡部六弥太が槍を持ち、駆付けて激しい戦いになった。
 熊谷直実も引き返して岡部に加勢して平山秀重を芋ざしにして投げ捨て、悪人滅んで国も栄え、熊谷が高砂の尉、岡部が高砂の姥に早変わりしてめでたしめでたし です。


からくり人形芝居開始準備が完了
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直実が「小次郎なり」と名乗った後、小次郎は扇を射抜く。
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岩石も飛び越え、桜の木に登り敵陣深くに
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直実は、敵陣深くに入り多勢に無勢で負傷した我子小次郎を救い出す。
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平山のむほんを知った岡部が槍を持ち激しい戦いが始り、直実も引き返し加勢。 平山秀重を芋ざしにして投げ捨て。
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投げ捨てられた平山秀重を大村秀章愛知県知事が拾い受けてむほんを諭したのだろうか?
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悪人滅んで国も栄え、熊谷が高砂の尉、岡部が高砂の姥にはやがわり。
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 知立のからくりは、延享4年(1747)に芝居からくりとしての記録あり、更に天明2年~8年(1781~’88)の記録に、新しい試みがなされ、進歩してきたと思われる記録あり。弘化3年(1846)の記録に、年寄りと称される年配者が考案したものが多いのだそうです。

又、からくり人形は、頭以外は衣装も含め地元民の手で仕立てられ、最大の特徴は浄瑠璃による演出と庶民の手による民俗芸能で、浄瑠璃による演出は全国に2・3あるのみだそうです。

一方、若い後継者を育てる為に、知立市立竜北中学校に山車文楽部があり、保存会が指導を行う等、山車文楽や山車からくりを保存継承すると共に後継者の育成にも取り組んでいます。


 来年は本祭りです。 5台の山車が出て盛大に行われると思います。 是非見に行かれてはいかがでしょうか!


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愛知県知立市の知立祭り その1,世界遺産の文楽 [ 旅行 東海]

   
 5月3日から5日にかけて知立祭りや名古屋市緑区の有松に行ってきました。

 神奈川県から新幹線で豊橋へ、豊橋から名鉄名古屋本線で知立駅に着いたのが12時近く。
 (5月3日は連休の帰省ラッシュの真っただ中。 出発の10日前に自由席で座る事は無理だろうと考え、指定席を申し込んだところ第4希望でやっと確保できました。)

 ホテルに荷物を預け、知立祭りの中心となる知立神社に。
 知立神社についての記事は右記 http://hisashi1946.blog.so-net.ne.jp/2017-02-18

 神社の境内は屋台も出て大変な人出でした。
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 昨年12月、日本の無形文化遺産として「山・鉾・屋台行事 33件」の内の1つとして、知立祭りで行われている「山車の上で行われる文楽やからくり人形芝居」がユネスコの世界遺産に登録されました。
登録された無形文化遺産について
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B1%B1%E3%83%BB%E9%89%BE%E3%83%BB%E5%B1%8B%E5%8F%B0%E8%A1%8C%E4%BA%8B
知立祭りについて
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9F%A5%E7%AB%8B%E3%81%BE%E3%81%A4%E3%82%8A


 知立祭りは1年おきに山車の出る「本祭り」の年と花車の出る「間祭り」の年があり、今年(2017年)は間祭りの年ですが、世界遺産に登録された後の最初の祭りであり、山車の上での文楽とからくり人形劇画が特別記念上演となりました。

 本祭りでは5地区全ての地区の山車が出て各々の山車の上で文楽を上演するのだそうですが、今年は間祭りの為西町の山車で各地区の文楽を上演する事になったそうです。

西町の山車が知立神社の南側の広場に準備されていました。
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生まれて初めて見る本物の山車は豪華で立派なものでした。 
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 で、最初の演目は宝町の「傾城阿波の鳴戸(けいせいあわのなると),順礼歌の段」です。
 この演目のあらすじは、
徳島藩のお家騒動で、阿波の十郎兵衛・お弓の夫婦は主君の盗まれた刀を詮議する為、大阪玉造に盗賊銀十郎と名を変え住んでいた。そこへ巡礼姿の娘お鶴が徳島から父母を尋ねて来る。お弓は我が子と分かるが、親子の名乗りをあげては我が子にどんな災いが来るとも限らない。お弓は涙を飲んで別れる。名残惜しげに見送るのだが、ここまでが順礼歌の段。
 尚、この後の十郎兵衛住家の段では、十郎兵衛はお鶴と出会うが、我が娘とは知ず金欲しさに手をかけ殺してしまうという物語です。

 上演が開始されました。
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 お弓がお鶴との別れを惜しむ
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 2番目の演目は山町の「艶容女舞衣(はですがたおんなまいぎぬ),酒屋の段」です。
あらすじは、
半七は染め物問屋で働いており妻お園もいたが、一方で三勝と付き合っており二人の間には娘お通もいました。 お園は今日も帰ってこない半七の事を考え、半七と結婚した事が間違いであった。自分が身を引いた方がいいのでは と悩みます。
その悩みを独白する部分
「今頃は半七様どこにどうしてござらうぞ。今更返らぬ事ながら、私 といふ者ないならば、舅御様もお通に免じ、子までなしたる三勝殿を、 とくにも呼び入れさしやんしたら、半七様の身持も直り御勘当もある まいに。。。。」のところは、この劇の見せ所になっています。

『○○様はどこにどうしてござろうぞ』のセリフはその後多くの小説・演芸等でも使用される様になりました。

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「今頃は半七様どこにどうしてござらうぞ・・・」っと!
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3番目の演目は中新町の「二人三番叟(ににんさんばそう)」です。

この曲は、「寿式三番叟」という演目の内の一つで、「翁の舞」,「千歳の舞」、その次に「三番叟」が登場します。「二人三番叟」では「翁」「千歳」の舞を省き「三番叟」の所のみを演じるのだそうです。
 この曲は、御祝儀舞で、おめでたい席に踊られます。 特徴ある足拍子で稲穂をもみ出し米をとり、土の中から出る悪霊を大地に踏み鎮める振りをし、稲穂をかたちどった鈴をふり、農作物の豊作を祈願する振りが入っています。

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 4番目の演目は「伊達娘恋緋鹿子(だてむすめこいのひがのこ),火の見櫓の段」
あらすじは、
近江国高島家の若殿左門之助が禁裏へ献上する天国の剣を紛失し、お守役の安森源次兵衛は切腹、その子吉三郎は寺の小姓となって剣を探すが、火事で焼け出されたお七と恋仲となった。 お七は店の再建の為にお金を借りた万屋武平衛を婿に迎えなければなりませんでした。
剣詮議の期限の日、お七は剣を盗んだのが武兵衛と知ったが、火事の後は九つの鐘(午前0時)を合図に江戸の町々の木戸が締まり通行が禁じられていた。剣が手に入っても今夜中に届ける事ができなければ、吉三郎は切腹する事になります。 思いつめたお七は、火の見櫓の半鐘を打てば出火と思って木戸は開かれるのではと考え、火刑を覚悟で、雪の凍りついた梯子を滑り落ちながらも、櫓に上ったお七は撞木を夢中で振るのでした。

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火の見やぐらに上る
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 4つの文楽は本当に上手で、初めて見る文楽に引き込まれてしまいました!!!
この後西町による「からくり人形劇」でしたが、長くなりますので次回にレポートします。

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岡崎宿散策 [ 旅行 東海]

 昨年暮れと1月に東海道五十三次で岡崎宿を歩いたついでに岡崎公園を散策、又、できる限り郷土料理をと探し食べてみました。


 まずは岡崎公園の概況 (下マップは岡崎公園の公式サイトから)
岡崎公園のサイト  http://okazakipark.com/index.htm

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 「岡崎城下27曲がり」の内、国道1号線の田町角から東に歩き、1号線の歩道橋から岡崎公園の大手門(上マップ①)に向かいました。 ここの1号線には東京日本橋から327.5kmとあった。

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 で、公園に入ってすぐに12時。
鼓や笛の音が聞こえて来て、多くの方が集まってきて一斉に1方向を見ています。
 なぜ? なぜ??? と思い、
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 視線の先を見て見ると、ちょうど12時だった為にやぐらの上の「からくり時計が能の舞」(マップ⑧)を始めたのでした。 グ~~~ドタイミングでした!!!
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 能の舞を見た後、徳川家康公の銅像(マップ⑩)を見て岡崎城(マップ⑲)の裏側に、
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そしてお城の表側に。 左が岡崎城(マップ⑲)右が龍城神社(マップ⑱)
龍成神社にお参りして、御朱印帳に記帳して頂きました。
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 その後東照公の「えな塚」(マップ⑳)を見て更に「東照公産湯の井戸」(マップ⑫)を見てきました。
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 午後1時をはるかに回ってしったので食事をしようと、八丁味噌を使った料理を求めて味噌蔵のある中岡崎駅前に。 駅前には大正庵釜春本店がありましたが20人以上が席待ちで並んでおりパス。
 どうしようかとウロウロしているうちに八丁味噌を製造している「カク久」さんが「軽食をおこなっている」事を何かで見た事を思い出し行ってみました。
「カク久」さんのお店は愛知環状鉄道線のガード下の西側を駅から200m位歩いた所に駐車場と売店があり、売店の奥にレストランがありました。

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一番食べたかった「味噌煮込みうどん」が2月28日迄の季節限定の一品料理でした。
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左の様に料理が運ばれてきて、席でうどんを自分の好みの硬さに煮込みます。
右は、私がしょっちゅう起こす不手際、 だいぶ食べてしまってから「アッ!写真」
何はともあれおいしかった。
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 昨年末には岡崎公園内の「いちかわ」(上マップの⑮)さんで、岡崎地方の郷土料理「菜飯」と八丁味噌を使った「こんにゃくの田楽」を食べました。
菜飯は美味しかったが、田楽はこんにゃくが何となく水っぽかった。
水っぽく感じたのは関東育ちの私だったからかな??? 
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その他今回は天明2年(1782年)創業の「備前屋」さんの脇を通った事もあり備前屋さんの豆腐のお菓子?「あわ雪豆腐」をお土産に購入し宅配にすると共に個別に購入しホテルで食べてみました。
備前屋さんのホームページ
  https://www.bizenya.co.jp/catalog/awayukitofu.htm

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下写真は備前屋さんのホームページからお借りしました。
灰色の豆腐はゴマ豆腐に黒蜜、白い方は小豆餡です。 共に上品な味でおいしかった。
多分自由に食べられるとすれば10個位いっちゃうかも!
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 岡崎市は家康の故郷であり、町の大きさに比べ見所も多く、又、歴史ある食べ物もあり「心豊かにしてくれる街」でした。

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三島の楽寿園 [ 旅行 東海]

 
 一昨日は雪、我が家にも少し積もり、昨日朝畑にいった所雪は自宅の2倍位積もっており、3Cm位の霜柱も立っていました。

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 所で先日、三島に出張しましたが、昼休みをちょっと長めに取り楽寿園に寄ってきました。

 楽寿園は三島駅前と言ってもいいほどの好位置にある大きな市立公園です。
明治23年小松宮彰仁親王の別邸として造営されたもので、昭和27年に三島市が購入し公園として公開しています。
 詳しくは下記を参照願います。   https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A5%BD%E5%AF%BF%E5%9C%92


 この時期の花といえば、菊。
 楽寿園も菊祭りをしていました。 しかも紅葉もちょうど良かった様です。

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園内の色々な所に、色々な菊が工夫を凝らして展示されていました。

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箱庭風や
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盆栽風も
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花の形や色もバライティに富んでいました。
緑の花                     花の雄しべ(?)が変化したものや
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球状のものや                    昔ながら(?)の形や  
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浜松城に飾ったもの等々
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 園内には富士山の伏流水が湧き出す小浜池がありましたが、今は水がなく枯山水の様な状態に。 昭和30年頃から水位が下がりはじめ、今では年間を通しても満水になる事はない様です。

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 とは言え、園内の湿気は十分にある様で、常盤の森では地面や木の根,石等には苔がはっていました。

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