東海道五十三次 愛知県の知立宿(池鯉鮒宿)~有松迄 その2 [ 東海道五十三次]
3月11日に名古屋市熱田区の宮宿から船で渡る「七里の渡し」の学習会(前々回のブログ)に参加しましたが、名古屋行くのならと、前日の10日に知立宿から鳴海宿を目指して歩く事にしました。 で、前回その1のレポートでは知立宿から「名鉄の富士松駅」付近までレポート、今回はそこから「名鉄の有松駅」付近迄をレポートします
「名鉄の富士松駅」近くの「中国料理店浦東(プトン)」で昼食。 久しぶりの長距離歩きで疲れ食堂でゆっくり休息、腰痛の「痛み止めの薬」を飲み、歩きを再開。
洞隣寺から約2km歩き、境川の境橋に到着です。
境橋の東側の説明文(下右)の様に、江戸時代初期には西の尾張は板橋、東の三河は土橋で中程でつないでいた。 しかし、度々の洪水に流され修復され、やがて継ぎ橋は一続きの土橋になり、明治になっては欄干つきになったとの事。
(土橋とは橋げたの上に丸太を組み、その上に小枝等を敷き更に土を敷き固めて造られていた様です。)
西側には石碑等があり、橋桁を見て見ましたが今は中央でのつなぎはありませんでした。
境橋を渡り、少し歩き伊勢湾岸自動車道のガード下を通り、豊明駅前を通って、境橋から約1.4km、阿野の一里塚です。 阿野の一里塚は左右に塚が築かれていました。
南側一里塚 北側一里塚
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阿野の一里塚で少し休んだ後更に歩き名鉄の前後(ぜんご)駅前を通過し阿野の一里塚から2.5km、名鉄のガードをくぐった所に「中京競馬場前駅」がありました。 駅南側のT字路交差点を南側に曲がるとすぐに「桶狭間古戦場」公園でした。
桶狭間の戦いの史跡は昨年5月にも有松駅から見学、下記のページでレポートしました。
http://hisashi1946.blog.so-net.ne.jp/2017-05-27
中京競馬場前駅の所の桶狭間古戦場公園
公園内の今川義元の墓碑
桶狭間古戦場公園を後にして少し歩き、大将ケ根の交差点で国道一号線と分かれ、北側斜めの道に入って行きます。
更に大将ケ根の交差点から約200m、小さな橋を渡りY字路の南側に行くと「有松の街並み」に入ります。
有松の旧家が並ぶ街並みでは、3月3日の節句を一週間も過ぎているのに多くのお宅で通りに面して「お雛さま」を飾っていました。
随分前は節句の日迄に「お雛さま」をしまう事が出来ないと「嫁に行き遅れる」と言われていましたが、今ではそんな言い伝えは無くなったのでしょうね!!!
中には桜の木に飾っておられたお宅も!
尚、有松の旧家の街並みは下記レポートを参照願います。
http://hisashi1946.blog.so-net.ne.jp/2017-06-10
有松駅に近ずくに従って疲れを強く感じる様になり、鳴海宿迄二駅にもかかわらず足を止めてしまいました。
2017年1月23日に知立宿以来約1年ぶりで、この間はリハビリはしていたものの体力・持久力強化の運動はほとんどなく二駅手前でも無理せず中断する事に!!!
で、有松から名鉄に乗って岡崎迄戻り!!!
せっかく岡崎迄戻っての宿泊の為、備前屋さんに伺い、以前食べて美味しかった「備前屋さんのあわ雪豆腐」をお土産として購入・発送してもらいました。
備前屋さんのホームページ;https://www.bizenya.co.jp/info/goaisatu.htm
自宅で食べた「あわ雪豆腐」 やさしい上品な味で美味しかった!
また食べたいなァァァ~~~ 黒ゴマ入りも美味しいですよ。
痛み止めの助けを借りてとは言え自宅からホテル迄で "27200歩" も歩けました。
ほぼ「東海道五十三次に復帰」と言っていいかも!!!
で、無理せずリハビリを続け5月までにはもう一度歩き愛知県をだ出したい!!!