SSブログ

東海道五十三次 箱根宿(三島スカイウォーク)から三島宿 [ 東海道五十三次]

 
 先日(2020年10月12日)、三島市の三島スカイウォークから三島宿迄を歩いて来ました。
 新型コロナの影響で、2020年2月5日以来の東海道歩きです。

 2016年2月に箱根の関所から三島宿に向かって歩き始めましたが、三島のスカイウォークで休息中に何となく熱っぽく,だるくなり歩くのを止めました。
翌日も寒気がして具合が悪く、病院に行った所「インフルエンザ」との診断!!!
(実は生まれて初めてインフルエンザとの診断を受けました。)
この時の箱根宿~三島スカイウオーク間の記事は下記のページです。
 https://hisashi1946.blog.ss-blog.jp/2016-02-20


 その後、三島宿迄の残り部分を飛ばして先に進み、今は滋賀県の水口宿迄到達しています。

 従って、三島スカイウォークから三島宿の間は長い間「歯抜け状態」となっていました。
 この新型コロナ過の中、電車で滋賀県迄は自粛しようと、個室となる車で三島のスカイウォーク迄行き、スカイウォークに車を止めさせて頂き三島宿迄歩き、バスでスカイウォークに戻り車で三島駅近くに行き宿泊、翌日は沼津港で海鮮丼を食べて帰宅しました。


 前置きが長くなりましたが、10月12日快晴の中家を出て、途中なんども車窓から富士山を見て、「スカイウォークで富士山が見えるかも」と期待しながら車を走らせました。

下写真は、途中の寒川町からの富士山です。 大きな鳥居は寒川神社の鳥居です。
blogDSCN2699.jpg


 又、「箱根宿~三島宿の間の接待茶屋」の所の国道1号線を挟んだ向かいに小さな小屋がありました。 前回旧東海道を歩いた時は「接待茶屋で使った井戸だろう?」等と勝手に思い込んでいましたが、今回小屋に寄って見た所、接待茶屋を再興した鈴木とめさん力之助さん親子の像でした。

blogDSCN2702.jpg blogDSCN2704.jpg


 で、今回の出発地点となる三島スカイウォークに到着です。

blogDSCN2709.jpg


 スカイウォーク入口のほぼ真正面の道路を挟んだ向いに旧東海道の石畳入り口があり、案内版等も立っていました。 その直ぐ先の右側には馬頭観音の祠もありました。

DSCN2711.JPG


 スカイウォーク入り口から約350m、笹原一里塚がありました。 おわん型に盛り土をして、中央に木が植わっている昔ながらの形です。 (一里塚は本来、街道の左右に一対です。)

blogDSCN2715.jpg blogDSCN2713.jpg


 笹原の一里塚から70m位歩くと広い道に出ますが、真直ぐに横切り進むと、急な下り坂となります。 この坂が下長坂(こわめし坂)です。
 余り急な坂なので背負ったお米が熱で強飯になってしまうと言われるくらいの急坂です。 坂を歩いて見て、下りで良かったと心底思いました。

blogDSCN2719.jpg

こわめし坂の途中の横道から三島や沼津の街と駿河湾を見ながら小休止です。
blogDSCN2723.jpg


こわめし坂を下り広い道に出ると、はす向かいの丘の上が天神社(山神社と合併)です。
DSCN2727.JPG


下写真は天神社から750mの所ですが、青空の快晴! でも富士山だけが雲隠れ!
blogDSCN2731.jpg


 更に歩き天神社から1.2km,松雲寺から800mの所で広い通りと別れ右側の路地を下ります。 10か20m先の右側に坂公民館、坂公民館前から更に150m程進むと(三島市立坂幼稚園の手前に)右側に入る急坂の路地があります。 そこには東海道の案内板や七面堂旧跡の碑が立っており、この急な坂を「法華坂」と言うそうで、ここを下ります。

法華坂の入り口                 法華坂の出口は階段です。
blogDSCN2744.jpg blogDSCN2747.jpg


 法華坂は最後階段になっており、階段を下りて70m、再度広い道に出ました。
その右角に「昭和12年8月 出征馬記念碑」と言う碑がありました。 細かな説明は見つからなかったが、太平洋戦争の時に出征した馬達を惜しんで建てたのでしょう。 戦争では人の他多くの動物達も犠牲になったんですね。

blogDSCN2748.jpg


 「出征馬記念碑」の石碑から300m、よく手入れをされた「六地蔵」の前を通り、更に約100m歩いた所で右に入る脇道を行きます。 この下りの坂が「臼転がし坂」で、400mの坂道はうっそうとした森の中を歩いている様な感覚にとらわれました。

臼転がし坂の入り口              坂の途中の景色
blogDSCN2752.jpg blogDSCN2753.jpg


 臼転がし坂を出て、約1.1kmで国道1号線に出ます。 1号線に沿って少し歩くと、「初音ヶ原石畳歩道」に到着し、ここを歩く事になります。
この石畳を歩き始めて約200m、上り・下り一対の盛り土をした「錦田一里塚」に出ました。

国道1号線の上り車線側の「錦田一里北塚」
blogDSCN2758.jpg


国道1号線の下り車線側の「錦田一里南塚」(北一里塚から見た所です。)
blogDSCN2757.jpg


 上記一里塚から約700mの所の「5本松交差点」で下写真の黄色矢印の歩道に入り、国道1号線と別れます。 この道は少し行くと急坂で「愛宕坂(あたござか)」と言います。

愛宕坂入り口                  愛宕坂の途中
blogDSCN2766.jpg blogDSCN2769.jpg

愛宕坂の説明板(実は三島スカイウオークからの急坂には何か所か坂の説明板がありましたが、写真を取り忘れました。)
blogDSCN2767.jpg


 愛宕坂を過ぎJR東海道本線の「旧東海道踏切」を通り約500m、大場川手前の所で左に入り「宝鏡院」で「足利義詮・足利政知」のお墓にお参り。 その後大場川を渡り左折、川沿いの道を50m「無縁法界(むえんほうかい)地蔵尊」にお参りをしました。

 下写真は「無縁法界地蔵尊」ですが、ここには下記の様な説明がありました。
「江戸時代、重罪をおかし斬罪となった者の首は東海道を往来する人々への見せしめとされました。 宿はずれの新町橋際にあった獄門台にのせられ、罪状を書いた捨札を立て、番小屋には番人を置き、数日間晒したといいます。 これらの晒し首で引取り人のいないものを哀れんで、霊を慰めるためいつの頃からか地蔵尊が安置され供養されるようになりました。」

blogDSCN2778.jpg



 大場川の新町橋に戻り、橋から650m、三島神社に到着しました。
三島スカイウォークから坂を下って、下って、又、下ってやっとの事三島大社に到着です。

blogDSCN2782.jpg

 現在の三島神社の鳥居は灯篭の前に有りますが、広重の絵では鳥居の前に灯篭があります。
灯りが乏しかった昔は道路を照らす事が優先されたのでしょうか?

Tokaido11_Mishima[1].jpg


 三島神社を過ぎた500mの所に「樋口本陣」がありますが、久しぶりの東海道歩き,寄る年波もあるのか疲れて、2016年に三島宿から沼津宿へと歩き始めた、三島神社から400mの交差点で今回の完歩しました。

 箱根宿の関所を2016年2月20日に歩き始め、三島宿への到着は2020年10月12日となりました。  実に4年9ヶ月と20日間と言うべらぼうに長い旅でした。


 本当は滋賀県の水口から石部宿を歩きたかったのですが、長時間電車に乗ったりと人との接触が多いと思い、歯抜けになっていた三島宿迄を自宅から車(個室)での移動として三密を避け安全策を取りました。

 次回の東海道歩きは、来年滋賀県の水口宿JR草津線「三雲駅」からになると思います。
石部宿迄の間のJR甲西駅から南西へ1.5kmの「うつくしの松」を早く見たいのですが!!!


===================================================================

何時もつたないブログをお読み頂きありがとうございます。
下記はブログランキングのアイコンです。 是非クリックし応援をお願いします。 

名車・クラシックカーのランキングへ           にほんブログ村 車ブログ 名車・クラシックカーへ


「旅 ; 街道・古道」 のランキングへ          にほんブログ村 旅行ブログ 街道・古道へ









nice!(8)  コメント(0) 
共通テーマ:旅行

nice! 8

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。